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権威主義に適合する文書はEU移民に対する英国の態度を変える

公開日
2025-09-12
メディア
Nature
記事要約
この研究は、2024年の世界的な選挙イヤーにおいて特に英国で重要な争点となった「移民」に関する国民の態度が、心理的特性に合わせた文章(いわゆる“フレーミング”)によって変わるかどうかを検証したものです。研究の中心的な関心は、移民に否定的な態度を持ちやすいとされる「中程度の権威主義的傾向」を持つ人々に対し、その価値観に沿った言葉遣いやテーマで構成された短い文章が、より移民に対する肯定的な態度を引き出すかどうかにありました。

この調査は、英国の世論調査会社YouGovの協力を得て、年齢、性別、学歴、政治的傾向において代表性を持つ3067人の参加者を対象に行われました。参加者は無作為に3つのグループに分けられ、それぞれ異なる文章を読まされました。1つはコントロールとして用意された中立的な文章(パンの品質について)、2つ目は権威主義的価値観(秩序、勤勉、伝統、衛生、社会的役割など)に訴える内容で構成されたもの、3つ目はそれとは逆に、多様性や自由、創造性といったリベラルな価値観に訴える文章です。どちらの説得的文章にも、同じ架空のポーランド人移民「ソニア」が登場し、彼女の生活や貢献、将来への不安が語られました。

結果として、権威主義的価値観に沿った文章を読んだ参加者は、コントロール群と比べて、ソニアと価値観を共有していると感じる度合いが大きく(効果量d = 0.68)、EUからの移民が英国にとって「良いこと」だと捉える傾向も高まりました(d = 0.46)。また、英国に既にいる移民の数(ストック)や、これから来るべき移民の数(フロー)に対しても、わずかではありますが、より肯定的な態度の変化が見られました。対照的に、リベラルな価値観に訴える文章もコントロール群よりは効果があったものの、その効果は権威主義的フレームの文章ほどではありませんでした。

また分析では、権威主義スコアが高い参加者ほど、権威主義的フレームの文章に対して好意的に反応したという相互作用も観察されました。特に「この移民とどれほど価値観を共有しているか」という問いにおいては、明確な交互作用が確認されました。一方で、EU移民への態度に関しては、テキストの種類と権威主義スコアの間に交互作用はなく、どちらも独立して影響していることが示唆されました。

以上の結果から本研究は、イデオロギー的に分断された問題、特に移民のような感情的で争点化されやすいテーマにおいても、特定の価値観に合わせて工夫された短い文章が人々の態度に実際に影響を与え得るということを明らかにしました。特に、秩序や伝統、社会貢献といった要素を重視する人々に対しては、そうした価値観に調和する形で語られる移民像が、より受け入れやすいということが分かりました。

また、この研究では、事実情報(移民が英国経済やNHSに与える肯定的影響など)と感情的訴え(個人の不安や希望)を同時に含めることで、合理性と共感の両面から訴えるアプローチが採用されました。こうした複合的な説得技法は、今後の移民政策のコミュニケーションにも応用可能であると考えられます。

研究者たちは、この結果が文化的に近い移民(今回のケースではEU出身)で特に有効だった可能性があるとし、より文化的距離がある移民集団に対しても同様の手法が効果を持つかどうかは、今後の研究課題であると述べています。

結論として、本研究は、移民問題のような対立的なテーマにおいても、人々は理性と感情のバランスの取れた説得に耳を傾ける可能性があるということ、そして心理的特性に応じたメッセージ設計が、態度変容において重要な役割を果たすことを示しました。気候変動や紛争などによって今後も移民問題が続くことが予測される中で、本研究の知見は、政策立案者やコミュニケーターにとって有益な示唆を提供しています。
タグ
英国