[ブログ]特定技能外国人を大都市に「流出させない」ために地方の職場ができること

2025-12-08

にしやま行政書士事務所の入管・在留関連ニュースでは、どうすれば外国人が定着する?──「奪い合い」の介護人材が山梨にとどまる理由とは(Yahooニュース)という記事を紹介しています。この記事では、技能実習から特定技能に移行した外国人材が、大都市の高い賃金や条件に引き寄せられて地方から流出してしまう現状が取り上げられています。その一方で、山梨県の山梨メディカルケア協同組合が、事前の情報提供や生活環境の整備、日本語・資格取得の支援などを通じて、高い定着率を実現している事例も紹介されています。

特定技能に移行すると転職がしやすくなり、「より条件のよい大都市へ」という動きが起きるのは、ある意味自然なことです。ですから、地方の介護事業所や製造業、農業などの受け入れ機関がすべきことは、「やめられないように縛る」ことではなく、「ここで働き続けたい」と本人に思ってもらえる環境を整えることです。本稿では、地方で特定技能外国人を受け入れる事業者の皆さまに向けて、大都市への流出を防ぐための具体的なヒントを整理してみます。

1. 採用の段階で「地方志向」の人を選ぶ

最初のポイントは、「どんな人を採用するか」という入り口の設計です。記事の事例でも、来日前から動画などで地域の暮らしぶりを丁寧に伝え、「田舎で働きたい」と思える人を選んでいることが紹介されています。採用面接では、給与や仕事内容だけでなく、「どんな環境で暮らしたいか」「都会と地方のどちらが好きか」「静かな場所とにぎやかな場所のどちらに安心感があるか」といった質問を通じて、生活スタイルと地域の相性を確認することが大切です。

また、送り出し機関や現地のパートナーにも、「この地域はコンビニが少ない代わりに自然が豊か」「満員電車はないが、車や自転車があると便利」といったリアルな情報を共有し、「なんとなく日本ならどこでもいい」という人だけでなく、「この地域の暮らしを知った上で選んでくれる人」を紹介してもらう工夫も有効です。

2. 来日前からギャップを埋める情報発信をする

地方から大都市へと移りたくなる理由の一つは、「聞いていた話と違う」「想像より不便だった」という失望感です。これを防ぐには、来日前からできるだけ具体的に生活のイメージを伝えることが重要です。例えば、寮や職場の様子、最寄りスーパーまでの道のり、休日の過ごし方などを短い動画や写真付きの資料にして共有すると、「こんな場所で暮らすのか」というイメージがわきやすくなります。

その際には、よい面だけでなく、不便な点や気をつけるべき点も率直に伝えることが信頼につながります。「都市部に比べると時給差はあるが、家賃が安く貯金がしやすい」「夜は本当に静かで、最初は寂しく感じるかもしれない」といった説明は、期待値を適切に調整し、ミスマッチを減らす効果があります。

3. 住まいと生活環境への投資を「コスト」ではなく「定着のカギ」と考える

山梨の事例でも、広めの個室寮やWi-Fiの整備、電動自転車の貸与など、生活面への投資が定着につながっていると紹介されています。大都市と地方とを単純に賃金だけで比べると、多くの場合都市部に見劣りします。しかし、住まいの質や通勤のストレス、自由時間の過ごしやすさまで含めて考えると、「地方の方がトータルでは快適」と感じてもらえる可能性があります。

具体的には、できるだけ個室が確保された住環境、安定したインターネット環境、買い物や通勤のための自転車・自動車の貸与、冬場や豪雪地帯なら暖房設備の充実などがポイントになります。「給料は少し低いけれど、家が広くて静かで、友人とオンラインでつながれる」という環境は、特に若い世代にとって大きな魅力になり得ます。

4. 処遇とキャリアの「見通し」を見える化する

特定技能外国人が大都市へ移りたくなる背景には、「このまま働いても給料が上がるイメージが持てない」「リーダーになれるのは日本人だけではないか」という不安もあります。そこで重要になるのが、「ここで働き続けた場合のキャリアパス」を分かりやすく示すことです。

例えば、「入社◯年でリーダー補佐、◯年でユニットリーダー候補」といったモデルケースや、外国人職員が現場リーダーになっている実例を共有することで、「自分もここで成長できる」という希望が持てます。また、資格取得に向けた日本語支援や専門学校との連携、試験費用の補助なども、「地方に残ること=キャリアの停滞」というイメージを打ち消す有効な手段になります。

5. 職場内コミュニケーションを「日本人側から」変えていく

定着を左右するのは、賃金や住まいだけではありません。日々顔を合わせる日本人職員との関係性もとても大きな要素です。外国人側に「もっと日本語を勉強してほしい」とだけ求めるのではなく、日本人側も「やさしい日本語」を意識した話し方や、身ぶり手ぶりを交えた説明など、コミュニケーションの工夫を学ぶ必要があります。

新人受け入れのタイミングでは、外国人だけでなく日本人職員向けのオリエンテーションを行い、「文化の違いを楽しむ」「わからないことは質問してもらう」といったスタンスを共有するとよいでしょう。先輩職員の中からメンターを決めて、仕事だけでなく生活面の相談にも乗れるような関係をつくることも、孤立感の軽減につながります。

6. 大都市との「賃金格差」をどう説明するか

特定技能の人材市場が全国規模で動くようになると、どうしても大都市圏の賃金水準との比較が起きます。すべてを埋めるのは難しくても、「なぜこの水準なのか」「将来的にどう上がっていくのか」を丁寧に説明することが、納得感を生みます。例えば、地域の家賃相場や生活費、通勤時間の短さなどを数字で示し、「東京で同じ生活をした場合に残るお金」と比較してみるのも一つの方法です。

また、長く働いてくれた人への定着手当や、地方ならではの家族帯同支援、車の購入や運転免許取得のサポートなど、賃金以外の形での「見返り」を工夫することもできます。「この地域に残ると、こんな形で応援してもらえる」という具体的なメリットが伝われば、都市部への移動を考える際の大きな迷いどころになります。

7. 地域ぐるみで「外国人が暮らしやすいまち」をつくる

一つの事業所だけで定着対策を行うには限界があります。記事の事例のように、複数の事業者が協同組合などの形で連携し、住まいや日本語教室、地域との交流イベントなどを共同で運営することで、「この地域全体が外国人を歓迎している」という雰囲気が生まれます。自治体や社会福祉協議会、国際交流協会などと連携し、防災訓練や地域行事への参加の機会を増やせば、「仕事場の人」から「地域の一員」へと意識が変わっていきます。

また、宗教や食文化への配慮も重要です。ハラール対応の食材が手に入る店の情報提供や、礼拝スペースの確保、多文化共生をテーマにした住民向け講座などは、外国人だけでなく地域の日本人にとっても学びの場になります。

8. 「転職の自由」を前提に、魅力で選ばれる職場へ

最後に大事な視点は、特定技能外国人には転職の自由があるという現実を正面から受け止めることです。自由なはずの人を無理に引き留めようとすると、不信感やトラブルの原因になりかねません。むしろ、「他の選択肢があっても、ここで働きたい」と思ってもらえるような職場づくりこそが、長期的な定着につながります。

その意味で、山梨の事例が示すような、事前の情報提供、住環境の整備、公平な処遇、日本語・資格取得支援、そして日本人職員を含めた職場全体の意識改革は、介護分野に限らず、あらゆる業種の地方の受け入れ機関にとって大きなヒントになります。「人手不足だから外国人に来てもらう」のではなく、「地域を支える仲間として迎え、共に成長していく」というスタンスに立てるかどうかが、大都市への流出を防ぐ最大のポイントだと言えるでしょう。

特定技能制度の運用が進み、全国で人材の「奪い合い」が激しくなるほど、単純な賃金競争だけでは勝てなくなります。だからこそ、地方の事業者には、地域の魅力や暮らしの豊かさ、キャリアの可能性を組み合わせた「総合力」で選ばれる職場を目指していただきたいと思います。

Kenji Nishiyama

筆者:西山健二(行政書士 登録番号 20081126)

外国人の在留資格をサポートしてきた行政書士。事務所サイトでは、在留・入管に関する最新ニュースや実務のヒントを毎日発信中。外国人雇用にも詳しく、企業の顧問として現場のサポートも行っている。