[ブログ]英国の永住厳格化が問う制度目的――永住は国家への報酬か、社会構成員の地位保障か
2026-11-05
2026年11月3日、英国紙ガーディアンは、シャバナ・マフムード内相が進める永住・難民政策の厳格化を批判するオーウェン・ジョーンズ氏の論説を掲載した。記事によれば、英国政府は一般的な外国人労働者が永住資格を取得するまでの標準期間を従来の5年から10年へ延長し、通常の受入れ経路以外で庇護を求める難民については、原則20年とする方針を示している。論説は、こうした政策が長期在留者の生活設計や国家への信頼を損なうと批判している。しかし、私がこの記事を読んで関心を持ったのは、厳格化の是非だけではない。そもそも英国では、永住という制度を何のために設けているのだろうか。そして、日本ではその目的が明確になっているのだろうか。
英国政府は永住制度の目的を説明している
英国の永住資格は、一般にIndefinite Leave to Remain(ILR)と呼ばれ、在留期間の制限なく英国で生活できる法的地位である。英国政府は2025年の移民白書と永住制度改革に関する協議文書において、永住を単に一定期間居住した結果として認めるのではなく、社会への貢献、良好な行状、社会統合などを通じて獲得する地位として位置付けた。2026年11月2日に公表されたEarned Settlementに関する政府の協議結果でも、この基本理念は維持されている。標準的な取得期間を10年とする一方、継続的な貢献が認められる人には期間を短縮し、法令違反などがある場合には延長する仕組みである。政府は20万件を超える意見を検討し、家族や社会的弱者への配慮、経過措置なども修正したとしている。もっとも、詳細な移民規則や運用方法については今後の整備が必要であり、改革方針の公表と制度の全面施行は区別しなければならない。
制度目的の明確化と、その目的の妥当性は別問題
英国政府の説明から読み取れるのは、永住を国家への継続的な貢献や社会統合の達成と結び付ける考え方である。これは制度目的を考えるうえで重要な手掛かりになる。ただし、政府が政策文書で目的を説明していることと、その目的が法律によって体系的に定められていることは同じではない。英国の永住制度も、1971年移民法を基礎とする法制度と移民規則によって運用されており、社会統合や経済的貢献という政策目標が、すべて統一的な法定目的として明文化されているわけではない。また、目的が明確であっても、それが合理的な制度設計につながるとは限らない。例えば、社会統合を促進するために永住取得までの期間を延長することが、本当に統合を促進するのか。安定した法的地位を得られない期間が長くなることで、むしろ社会参加や生活設計が困難になる可能性もある。目的の明確化は必要だが、それだけで政策の正当性が保証されるわけではない。
日本の永住制度には何が欠けているのか
私は2026年10月に「永住制度は、いっそ廃止したらどうか」という記事を書いた。これは外国人の永住に反対する主張ではない。日本が通常の在留資格とは異なる、特に安定した法的地位を設けるのであれば、なぜその制度が必要なのかを法律によって明らかにすべきではないか、という問題提起である。日本の入管法第22条は、永住許可の要件として素行善良、独立生計、国益適合などを定めている。しかし、これらは永住を認めるかどうかの判断基準であり、永住制度そのものの積極的な目的を説明する規定ではない。2026年10月の永住許可ガイドライン改定では、日本語能力、経済状況、社会との関係などが一層重視されるようになった。一方、永住資格の取消制度も拡大されている。つまり、永住を取得する入口と、永住を失う出口の条件は具体化されているのに、その間にある「永住とは何か」という根本的な問いが十分に立法されていないのである。
英国と日本では帰化との関係も異なる
もう一つ見逃せない違いがある。英国では、永住資格は原則として英国国籍取得に向けた重要な前提となる。一定の例外はあるものの、通常の帰化制度では永住資格などの取得が求められる。したがって、永住は国籍取得に至る法的な過程の一部という性格を持っている。これに対し、日本では永住許可と帰化は独立した制度である。日本国籍を取得せずに永住することも、永住許可を経ずに帰化することも可能である。この違いを考えると、日本の永住制度については、国籍取得とは別に、国家がどのような目的で外国人に無期限の在留資格を認めるのかを説明する必要がある。単に長期間日本で生活したことを保障する制度なのか。それとも、日本社会への過去と将来の貢献を特に評価し、国家が特別な地位を付与する制度なのか。この選択によって、必要な要件も、許可後の保障の程度も変わるはずである。
永住は国家への貢献に対する報酬なのか
英国のEarned Settlementという考え方は、永住を国家への貢献によって獲得する地位として捉える点で、日本の永住制度を考える際にも参考になる。しかし、貢献を何によって測るのかという問題が残る。高所得者は短期間で永住資格を取得できる一方、介護、清掃、育児、地域活動などを通じて社会を支える人々は、所得だけでは十分に評価されない可能性がある。経済的貢献と社会的貢献は必ずしも一致しない。また、国家が永住を報酬として与えるという考え方を徹底すると、永住許可後も継続的な貢献を求め、貢献が不十分になれば地位を失わせるという発想につながりかねない。しかし、それでは永住と通常の在留資格の違いが曖昧になる。永住を特別な地位として設ける以上、その取得要件と取得後の安定性は、一体として考える必要がある。
入口を狭くするなら、地位は厚く保障すべきである
私は、永住を日本社会への特別な貢献を認めた人に与える制度として設計すること自体は、合理的な選択肢だと考えている。その場合、許可要件が高くなることにも一定の説明がつく。しかし、国家が厳格な審査を経て永住を認めたのであれば、その法的地位は相応に強く保障されるべきである。取得後も通常の中長期在留者と同じように継続的な資格審査を行い、容易に地位を失わせるのであれば、特別な永住制度を設ける意味は薄れる。入口は狭く、地位は厚く。この二つは矛盾しない。むしろ、特別な地位を認める制度として一貫性を持たせるためには、両者を組み合わせる必要がある。そして、既に永住許可を受けた人や、従来の制度を信頼して永住を目指してきた人の利益も尊重しなければならない。英国の改革をめぐる批判も、既存の制度を前提として生活設計を行ってきた人々に、後から新しい要件を適用することの公平性を問うている。
均衡共生モデルから考える国家と外国人の相互責任
私が提唱する均衡共生モデルでは、外国人の権利と義務だけでなく、受入れ国家や社会が負う責任との均衡を重視する。永住制度についても同様である。外国人には法令遵守、納税、社会参加などが求められる。一方、国家にも制度の予見可能性を確保し、長期に形成された生活基盤や家族関係を尊重し、認めた法的地位を恣意的に奪わない責任がある。永住を単なる国家からの恩恵と考えるのではなく、長期にわたって形成された国家と外国人との関係を法的に安定させる制度として捉えることもできる。さらに、長期定着者の生活を保障する制度と、特別な貢献を評価する永住制度を分ける二段階の設計も考えられる。そうすれば、生活の安定を求める人と、特別な地位の取得を目指す人について、異なる制度目的に応じた要件を設けることができる。
永住制度の目的を、ガイドラインではなく法律で
英国の改革が示しているのは、永住制度の厳格化という政策判断だけではない。国家が永住をどのような地位として位置付け、何を評価し、何を求めるのかを明示すれば、その政策が目的に適合しているかを検証できるということである。日本では、永住許可要件や取消事由の議論が先行し、制度そのものの目的を立法府が正面から議論する機会が十分ではなかったのではないか。永住は長期定着者の生活を保障するための制度なのか。国家への特別な貢献を評価する制度なのか。あるいは双方を組み合わせるのか。まず、その選択を明確にする必要がある。そのうえで初めて、在留年数、収入、日本語能力、社会統合、法令遵守などの要件が合理的かどうかを判断できる。英国の改革に賛成するか反対するかとは別に、日本が学ぶべきことがあるとすれば、それは永住制度の目的を正面から議論する姿勢であろう。永住の入口と出口を厳しくする前に、国家は何のために永住という地位を設けるのか。その問いに法律によって答えることが、制度の再設計に向けた出発点となるはずである。
