[ブログ]バングラデシュからマレーシアへの労働者派遣再開――高額な採用費用と「労働は商品ではない」という原則

2026-11-01

■ 労働者派遣の再開と残された費用問題

2026年10月29日、バングラデシュの英字紙The Daily Starは、「Malaysia-bound workers may leave from early Nov」と題する記事を掲載した。バングラデシュからマレーシアへの労働者派遣が11月初旬にも再開される見通しである一方、渡航に必要な採用・仲介費用が依然として確定せず、高額な負担が労働者に転嫁される懸念があると報じている。

マレーシアは2024年5月31日、不適切な仲介や過大な費用徴収などの問題を背景に、バングラデシュからの新規労働者受入れを停止していた。今回の再開は、労働力を必要とするマレーシアと海外就労機会を求めるバングラデシュの双方にとって重要な動きである。しかし、受入れの再開が、そのまま公正な国際労働移動の実現を意味するわけではない。

■ 公定料金と実際の支払額の大きな乖離

記事によれば、民間の人材送出機関を利用する場合の費用は30万~40万タカ、国営のBangladesh Overseas Employment and Services Limited(BOESL)を利用する場合は15万5,000~16万タカと見込まれている。ただし、これらは正式に決定された料金ではない。民間機関の関係者からは、求人案件の確保に約1万リンギットの手数料が必要であり、航空運賃や健康診断費用を加えると、労働者1人当たりの費用が60万タカ以上になるとの指摘も出ている。

これに対し、前回の派遣制度における政府の公定料金は7万8,990タカであった。米国の非営利団体Veritéの調査では、2022年から2024年にマレーシアでの就労を確保した労働者が実際に支払った費用は、平均54万4,000タカに達していたという。公定料金と実際の負担額との間に大きな乖離が存在していたことになる。

ここで問われるのは、単に料金が高いか安いかではない。誰が、何の対価として、誰に支払っているのか。そして、その費用を負担することによって、誰が利益を得るのかという制度の基本構造である。

■ 「ゼロコスト採用」は本当に無料なのか

バングラデシュ政府は、BOESLを通じて1万人を対象とする「ゼロコスト」の海外就労計画を打ち出している。しかし、担当閣僚は、航空運賃、健康診断費用、一定のサービス料金については労働者の負担が残ることを認めた。実際の負担額や対象者の選定方法も、記事掲載時点では明確になっていなかった。

費用を完全にゼロにできないこと自体が、直ちに制度の不公正を意味するわけではない。問題は、「無料」という表現と実際の費用負担が一致せず、労働者が十分な情報を得ないまま契約や支払いを迫られることである。渡航前の段階では、労働者は就労先や仲介機関に比べて情報が少なく、交渉力も弱い。費用の説明が不明確であれば、追加請求や不当な仲介が入り込む余地が生まれる。

■ 均衡共生モデルの出発点――労働は商品ではない

この問題は、均衡共生モデル(Balanced Coexistence Model:BCM)の基本理念である「労働は商品ではない」という原則と深く関係している。国境を越える労働移動では、求人の確保、書類作成、査証手続、渡航準備などに一定の費用が発生する。しかし、それらの費用が発生することと、労働者自身が雇用機会を購入しなければならないことは、区別されるべきである。

企業が労働力を必要とし、採用活動によって経済的利益を得るのであれば、その利益に対応する費用負担を検討する必要がある。求人を確保するための仲介手数料を、最終的に労働者が負担する構造では、雇用機会そのものが売買の対象となりかねない。これは、労働者を独立した権利主体として位置付けるBCMの理念と緊張関係に立つ。

BCMが重視するのは、すべての費用を一律に禁止することではなく、費用の性質、受益者、負担能力、交渉力の非対称性を踏まえた公平な制度設計である。とりわけ採用の利益を受ける企業のために発生する費用を、立場の弱い労働者へ転嫁することには慎重でなければならない。

■ 高額な渡航費用が生み出す構造的な従属性

労働者が海外就労のために多額の借金を負えば、就労開始後も返済の負担を抱えることになる。労働条件が契約と異なっていたり、賃金の不払いが発生したりしても、帰国すれば借金だけが残るため、問題のある職場から離れにくくなる。採用段階の費用負担が、就労段階における自由な意思決定を制約するのである。

この点について、The Daily Starは別の記事で、移民労働者の権利保護団体が、法的拘束力を持つ二国間労働協定を求めていることも報じている。過去の制度では、高額な採用費用に加え、賃金不払い、旅券の取上げ、労働災害への不十分な対応などが指摘されていた。採用時の費用問題は、入国前だけで完結する問題ではない。

■ 制度の透明性と予防的な行政管理

今回の制度では、マレーシア側が25の主要機関、312の関連機関、BOESLを含む計338機関を承認している。しかし、関連機関が主要機関などを通じて手続を行う仕組みについては、一部機関への権限集中や仲介費用の増大を懸念する声もある。

BCMの予防的行政管理の考え方からすれば、必要なのは問題が発生してから違反者を処分することだけではない。採用機関の登録情報、手数料の内訳、雇用契約、支払履歴、苦情処理の経過を確認可能にし、不透明な費用徴収を事前に発見できる仕組みが重要である。

実際、10月31日には、健康診断費用を8,000タカに固定する措置が報じられた。政府は追加徴収を禁止し、認可された医療機関の選択や、採用機関を変更する労働者の手続を妨げないよう求めている。これは費用の明確化と労働者の選択権を守る一歩である。ただし、健康診断費用だけを規制しても、採用費用全体の透明性が確保されるわけではない。

■ 送出国と受入国の相互義務

国際労働移動の公正性は、送出国だけの努力では実現できない。送出国には仲介機関の監督、費用徴収の規制、正確な情報提供を行う責任がある。一方、受入国にも、雇用主による費用負担の適正化、契約条件の履行、労働者の権利救済を確保する責任がある。

BCMの相互義務の考え方では、労働者に法令遵守や職務遂行を求めるだけでなく、企業と行政も、それぞれの立場に応じた責任を負わなければならない。国境を越える採用過程では、両国の制度の隙間に不当な仲介が入り込みやすい。したがって、送出国と受入国が費用情報や採用機関の登録情報を照合し、違反に対する救済と責任追及を可能にする制度的接続が求められる。

■ 日本の外国人材受入れ制度への示唆

今回の問題は、日本の技能実習、特定技能、育成就労などの制度を考える上でも示唆に富む。日本でも、外国人材が来日前に送出機関や仲介者へ支払う費用、借入金、保証金などが問題となってきた。制度上の費用規制や送出機関の認定が存在していても、実際の支払額を確認できなければ、形式的な適法性と実態との間に乖離が生じる。

重要なのは、採用人数や受入れ枠の管理だけではなく、一人ひとりの労働者がどのような経済的条件で来日し、就労を開始するのかを把握することである。申請書類に記載された費用と実際の支払いを照合し、採用から在留、転職、帰国に至るまで、過度な債務負担が労働者の選択を制約していないかを検証する必要がある。

■ 結論――労働移動の成功を何で測るのか

バングラデシュからマレーシアへの労働者派遣再開は、海外就労の機会を広げる可能性がある。しかし、派遣人数が増えたとしても、労働者が高額な借金を負い、不利な条件から離れられないのであれば、それを制度の成功と評価することは難しい。

均衡共生モデルの観点から重要なのは、労働者、企業、送出国、受入国の間で、利益と負担、権利と義務が合理的に配分されているかという点である。費用を誰が負担すべきかを曖昧にしたまま、労働力の移動だけを拡大する政策には限界がある。

「何人の労働者を送り出したか」から、「どのような条件で働く機会を保障できたか」へ。国際労働移動の評価基準を転換することが、持続可能で公正な外国人材政策への第一歩となる。労働は商品ではないという原則は、抽象的な理念ではなく、採用費用の負担という具体的な制度設計においてこそ、その意味が問われるのである。

Kenji Nishiyama

筆者:西山健二(行政書士 登録番号 20081126)

外国人の在留資格をサポートしてきた行政書士。事務所サイトでは、在留・入管に関する最新ニュースや実務のヒントを毎日発信中。外国人雇用にも詳しく、企業の顧問として現場のサポートも行っている。