[ブログ]英国で進む移民管理のAI化――効率化の裏側にある問題

2026-10-30

2026年10月27日、英国のデジタル権利擁護団体Open Rights Group(ORG)は、報告書「Automated Discrimination: Unpacking the Digital Hostile Environment(自動化された差別:デジタル化された敵対的な移民管理環境の実態)」を公表した。著者はFabio Chiusi氏である。この報告書は、英国政府が移民管理や国境警備に人工知能(AI)を急速に導入している実態を調査し、行政の効率化という名目の下で、差別や人権侵害が制度的に拡大する危険性を指摘している。

重要なのは、報告書が単にAIの技術的欠陥を批判しているわけではないことである。移民という複雑な社会現象を、技術によって解決すべき問題として扱う「技術万能主義(Techno-solutionism)」そのものを問い直している。これは、日本の外国人政策にも共通する重要な論点である。

難民審査から国境監視まで広がるAIの利用

報告書によれば、英国では難民申請者の年齢推定、難民面接記録の要約、出身国情報の整理、在留案件の優先順位付けなどにAIが試験導入または利用されている。特に「Identify and Prioritise Immigration Cases(IPIC)」と呼ばれるシステムは、案件の識別や優先順位付けに関与する一方、その判断過程の不透明性が問題視されている。

さらに、不規則な経路で入国した人々の携帯電話の解析、偽装結婚の疑いを自動的に判定する仕組み、国境での顔認証、AI搭載ドローン、衛星、自律型監視装置なども調査対象となっている。これらの技術は、従来の違反発見後の対応から、将来の危険を予測して先回りする管理への転換を示している。

しかし、予測は事実の証明ではない。統計的な相関関係によって特定の人物が高リスクと分類されたとしても、それだけで違反行為や不正の存在が立証されるわけではない。行政がこの区別を曖昧にすれば、個人の具体的な事情よりも機械的な分類が優先される危険がある。

自動化された差別は、なぜ生まれるのか

AIは人間の偏見を排除する中立的な技術だと考えられがちである。しかし、学習データに過去の差別的な取扱いや制度上の偏りが含まれていれば、その結果が新しい判断にも反映される可能性がある。しかも、機械による判断には客観性があるように見えるため、問題が発見されにくくなる。

報告書は、英国政府が国家安全保障を理由に情報公開を制限し、AIシステムの仕組みや運用実態が十分に検証できない状況も批判している。加えて、米国やイスラエルなどの外国企業が提供する監視技術への依存は、政府自身が技術を統制する能力を弱めかねないと指摘する。

行政の判断にAIが関与しているにもかかわらず、その判断基準を行政自身が十分に説明できないのであれば、責任の所在は曖昧になる。技術提供企業、行政担当者、制度設計者のいずれが責任を負うのか。この問題は、単なる情報技術の問題ではなく、行政法と民主的統制の問題である。

均衡共生モデルとの共通点――説明可能性の重要性

私が提唱する均衡共生モデル(Balanced Coexistence Model:BCM)は、外国人の受入れを単純な人数管理や規制強化によって実現するのではなく、外国人、受入企業、行政、地域社会の権利と義務を均衡させ、制度全体の持続可能性を確保しようとする考え方である。

その重要な構成要素が「説明可能性(Explainability)」である。行政がある判断を行った場合、何を根拠とし、どのような基準を適用し、個別事情をどのように評価したのかを説明できなければならない。これはAIを利用する場合にも変わらない。

例えば、在留資格の審査でAIが申請内容の不整合を検出すること自体は有益である。しかし、その検出結果を直ちに不許可の根拠とすることは別問題である。申請者には誤りを訂正し、事情を説明する機会が必要であり、最終的な判断については行政が責任を負わなければならない。

BCMの観点から重要なのは、AIを導入するか否かという二者択一ではなく、AIの利用範囲、判断への関与、検証方法、異議申立てや救済の仕組みを制度として設計することである。

接続性と予防的制度設計――AIの積極的な可能性

一方で、BCMは行政のデジタル化そのものを否定しない。むしろ、適切な技術利用は外国人と受入機関の負担を軽減し、行政の透明性を高める可能性を持つ。

例えば、行政機関と金融機関、保険会社、雇用企業などが適切な認証と本人同意の下で情報を連携できれば、同じ証明書の繰り返し提出や確認作業を減らすことができる。これはBCMが重視する「接続性(Connectivity)」の考え方である。ただし、情報連携は無制限なデータ共有を意味しない。利用目的の限定、必要最小限の情報取得、アクセス履歴の記録、本人による確認などが前提となる。

また、BCMの「予防的制度設計(Preventive)」は、不正を事後的に摘発するだけでなく、申請段階で誤記や不足資料を発見し、適法な手続へ誘導することを重視する。AIは、申請書類の形式確認、必要資料の案内、制度変更の周知、多言語による説明支援などに活用できる。

ここには、英国の報告書が批判する予測型取締りとの本質的な違いがある。予防的支援は問題の発生を防ぐために本人を助ける仕組みであり、予測型取締りは将来の違反可能性を理由に本人を監視する仕組みである。同じAIを使っていても、その目的と制度設計は大きく異なる。

相互義務とデジタル行政の責任

BCMでは、外国人に法令遵守や社会参加を求める一方、行政や受入企業にも相応の義務があると考える。外国人だけに正確な情報提供や適法な行動を要求しながら、行政側の判断基準が不透明であったり、誤判定の訂正手段が存在しなかったりする制度は、均衡を欠いている。

AIを活用する行政には、判断の正確性を検証する義務、差別的影響を調査する義務、本人に必要な説明を行う義務、誤りを修正する義務が求められる。さらに、外部事業者が提供するシステムであっても、行政が説明責任を免れることはできない。

特に在留資格や難民認定に関する判断は、本人の生活、家族関係、就労、場合によっては生命や身体の安全にも関わる。効率化によって処理件数が増加しても、判断の公正さや救済可能性が低下するのであれば、それを制度の改善と評価することはできない。

日本の入管行政が学ぶべきこと

英国の事例は、日本の入管行政にとっても重要な警告である。今後、在留審査の電子化、行政情報の連携、AIによる審査支援が進むのであれば、導入前に技術の利用目的と限界を明確にしなければならない。

特に、AIが提示した評価と行政官による最終判断を区別すること、本人が誤った情報を訂正できること、判断に利用した情報の出所を追跡できること、独立した検証が可能であることが重要である。これらは技術導入後に追加する付属的な機能ではなく、制度設計の出発点とすべき条件である。

また、AIの利用によって行政内部の業務が効率化された場合、その利益が行政だけに集中してはならない。申請者の待機期間の短縮、提出書類の削減、手続の分かりやすさ、審査の予見可能性の向上という形で、外国人や受入企業にも還元されるべきである。

結論――問われているのはAIではなく、制度の目的である

Open Rights Groupの報告書は、AIによって移民管理を強化すれば問題が解決するという発想に疑問を投げかけている。同時に、AIを批判するだけでは、移民を脅威として扱う政策そのものの問題は解消されないとも指摘している。

この問題提起は、均衡共生モデルと重要な部分で整合している。ただし、BCMはAIの全面的な排除ではなく、説明可能性、接続性、予防的支援、相互義務を備えた制度の下で、技術を適切に活用する方向を目指す。

外国人を監視し、分類し、排除するためのデジタル化なのか。それとも、外国人と受入社会の双方が責任を果たし、安心して共生するためのデジタル化なのか。両者を分けるのはAIの性能ではなく、制度が何を目的として設計されているかである。

行政のデジタル化が進む今こそ、技術的に何ができるかだけでなく、行政は何をすべきか、何をしてはならないかを問い続ける必要がある。それこそが、均衡共生モデルがデジタル時代の外国人政策に提示する基本的な視点である。

Kenji Nishiyama

筆者:西山健二(行政書士 登録番号 20081126)

外国人の在留資格をサポートしてきた行政書士。事務所サイトでは、在留・入管に関する最新ニュースや実務のヒントを毎日発信中。外国人雇用にも詳しく、企業の顧問として現場のサポートも行っている。