[ブログ]国際協力から人材育成へ、そして労働力確保へ――育成就労制度の理念と均衡共生モデルの視点

2026-10-21

■ 制度開始前に削られる「人材育成」の枠

2026年10月19日付の毎日新聞の記事は、政府が介護分野の特定技能1号の受入れ上限を2万人拡大する方針を示したと報じた。現行の上限12万6,900人では、2027年度後半に受入れ見込み数を超える可能性があるためである。注目すべきは、その2万人を2027年4月に始まる育成就労制度の介護分野の枠から移し替えるという点である。育成就労の受入れ枠3万3,800人は1万3,800人に縮小され、介護分野全体の上限16万700人は維持される。

つまり、外国人の受入れ総数を増やすのではなく、これから人材を育成するための枠を削り、既に一定の技能を持つ外国人を受け入れる枠に振り向けるのである。深刻な介護人材不足に対応する必要性は理解できる。しかし、制度開始前から人材育成の枠を縮小するという判断は、育成就労制度の存在意義そのものに疑問を投げかける。

■ 技能実習制度が掲げた「国際協力」という理念

育成就労制度の前身である技能実習制度は、開発途上地域等への技能移転を通じた国際協力を目的としていた。外国人が日本で技能や知識を修得し、帰国後に母国の経済発展に貢献するという考え方である。日本国内の労働力不足を補うことは、本来の制度目的ではなかった。

しかし現実には、技能実習生は農業、建設、製造業などの人手不足を支える労働力として受け入れられてきた。転籍制限や不適切な労働環境などの問題も生じ、国際協力という理念と実態との乖離が制度改革の大きな理由となった。

ここで区別すべきなのは、国際協力の理念が十分に実現されなかったことと、その理念自体に価値がなかったことは別問題だという点である。日本で修得した技能を本人の将来や母国社会に還元するという考え方は、受入国と送出国の双方に利益をもたらす可能性を持っていた。制度運用の失敗によって、その理念まで失われてよいわけではない。

■ 育成就労への転換で何が変わったのか

2027年4月に始まる育成就労制度は、技能実習制度を発展的に解消し、「人材育成」と「人材確保」を目的とする。原則3年間の就労を通じて特定技能1号の水準に達する人材を育成し、一定の条件で本人の意向による転籍も認める。労働者としての権利保護を強化する点には重要な意義がある。

一方、技能実習制度にあった母国への技能移転という国際協力の目的は、育成就労制度の中心的な目的から外れた。人材育成の到達点も、基本的には日本国内で特定技能1号へ移行することに置かれている。これは、送出国への技能還元を中心とする制度から、日本国内の労働市場に必要な人材を育てる制度への転換を意味する。

日本の人口減少を考えれば、人材確保を正面から制度目的に位置付けること自体には合理性がある。しかし、人材育成と人材確保を並列の目的としながら、両者が衝突したときには人材確保が優先されるのであれば、人材育成という理念はどこまで実質的な意味を持つのだろうか。

■ 人材育成は労働力確保のための手段なのか

今回の介護分野の枠の移し替えは、この疑問を具体的に示している。政府は特定技能人材への需要が当初の想定より著しく高いと説明している。介護現場の受入れ停止を回避するため、即戦力の確保を優先するという判断である。

もちろん、特定技能1号で受け入れる外国人にも技能と日本語能力の要件があり、育成就労を経由しない受入れにも合理性がある。したがって、今回の措置だけで人材育成が放棄されたと断定することはできない。しかし、育成就労の開始前にその枠を約6割削減するのであれば、長期的な育成機能をどのように確保するのか、十分な説明が必要である。

人材育成とは、単に日本企業で働ける水準まで技能を高めることだけではない。日本語能力、職業上の自立、労働法令への理解、専門性の向上、将来のキャリア形成などを含むものである。外国人本人が日本に定着する場合にも、帰国する場合にも、その経験が本人の選択肢を広げるものでなければならない。人材育成が労働力確保のための準備段階にすぎなくなれば、育成就労という名称だけが残ることになる。

■ 二つの制度に共通する構造的な問題

技能実習制度では「国際協力」が掲げられながら、実態としては国内の労働力確保が優先された。そして育成就労制度では「人材育成」が掲げられながら、制度開始前から人材確保の必要性によって受入れ枠が縮小される。両者には共通する構造が見える。

それは、制度の理念が現実の労働需要によって従属的な位置に置かれるという問題である。国際協力から人材育成へと制度目的を変更しても、労働力不足への対応が常に最優先されるのであれば、理念と実態の乖離は繰り返される可能性がある。

制度改革の本質は、名称や在留資格の仕組みを変更することではない。掲げられた理念が現実の政策判断をどこまで拘束し、行政運用の中で実現されるかにある。理念が政策判断の基準として機能しなければ、それは制度を正当化するための説明にとどまってしまう。

■ 均衡共生モデルが示す利益の不均衡

筆者が提唱する均衡共生モデル(Balanced Coexistence Model:BCM)は、外国人政策を国家や企業の労働需要だけで捉えるのではなく、外国人本人、受入企業、地域社会、送出国など、関係する主体の利益と責任の均衡によって捉える考え方である。

技能実習制度の国際協力という理念には、少なくとも送出国の利益を制度目的に位置付ける意義があった。育成就労制度では外国人本人の権利保護が強化される一方、送出国への技能還元は制度目的の中心から後退した。そして今回の受入れ枠の移し替えは、日本国内の短期的な労働需要が、長期的な人材育成より優先され得ることを示している。

BCMの観点から問題となるのは、労働力確保そのものではなく、特定の主体の利益が制度全体を支配することである。企業が必要な人材を確保する利益と、外国人本人が能力を形成し将来を選択する利益、地域社会が安定した共生環境を形成する利益、送出国が人材育成の成果を享受する利益は、相互に調整されなければならない。

■ 数字の付け替えでは制度の信頼は築けない

政府は特定技能と育成就労を合わせた受入れ上限123万人を維持する方針である。今回の措置は、その総枠を変えずに制度間の人数を調整するものである。しかし、受入れ人数の帳尻が合えば制度の整合性も保たれるというわけではない。

受入企業にとっては採用計画の予見可能性が、外国人本人にとっては日本での就労や生活設計の安定性が重要である。送出国にとっても、人材育成や送出しの計画を長期的に立てられることが必要となる。制度開始前から大幅な枠の変更が行われることは、こうした予見可能性に影響を与える。

行政に求められるのは、数字の調整だけではなく、なぜ当初の需要予測と実態に差が生じたのか、育成枠の縮小が将来の人材供給にどのような影響を及ぼすのかを説明することである。制度の信頼は、上限人数を守ることだけではなく、政策判断の合理性と説明可能性によって支えられる。

■ 国際協力と人材育成を対立させない制度へ

技能実習制度の国際協力という理念を、そのまま復活させる必要はない。外国人に帰国を前提とした役割を課すことは、本人の自由な進路選択を制約する可能性がある。しかし、日本への定着と母国への技能還元は、必ずしも対立するものではない。

例えば、日本で修得した技能や職歴を国際的に評価できる仕組み、帰国後の就業・起業支援、送出国との職業教育の連携などを整備すれば、外国人本人の選択を尊重しながら双方の社会に利益をもたらすことができる。育成就労制度の人材育成も、日本国内の労働需要を満たすためだけでなく、本人の長期的な能力形成として位置付け直すことが重要である。

BCMが目指すのは、受入国の人材確保、外国人本人の成長、送出国との互恵関係、地域社会との共生を対立する目的として扱わず、持続可能な均衡の中で実現することである。

■ 結論――制度改革で変えるべきものは何か

介護現場の人材不足は現実の課題であり、受入れ停止を避けるための政策対応には一定の必要性がある。しかし、その対応によって人材育成の枠が削られるのであれば、制度が掲げる二つの目的をどのように両立させるのかが問われなければならない。

技能実習では国際協力が労働力確保の実態によって形骸化し、育成就労では人材育成が労働力確保によって形骸化する。そのような構造が続くのであれば、制度を変更しても同じ問題が繰り返されることになる。

外国人を不足する労働力の補充手段としてのみ捉えるのではなく、能力を形成し、生活し、将来を選択する主体として位置付けること。そして、その成長が受入企業、地域社会、送出国にも持続的な利益をもたらす仕組みを構築すること。均衡共生モデルとの整合性は、まさにこの点に求められる。人手不足を埋めることと、人を育てること。その両立を実現してこそ、育成就労制度は本来の理念を持つ制度となるのである。

Kenji Nishiyama

筆者:西山健二(行政書士 登録番号 20081126)

外国人の在留資格をサポートしてきた行政書士。事務所サイトでは、在留・入管に関する最新ニュースや実務のヒントを毎日発信中。外国人雇用にも詳しく、企業の顧問として現場のサポートも行っている。