[ブログ]H-1Bから考える外国人材の「量」― 人数を制限するのではなく、適正な数量をどう実現するか

2026-08-28

2026年8月25日付のThe Japan Timesの記事は、トランプ政権が、高度な専門職に就く外国人を対象とするH-1Bについて、企業に約10万3,000ドルの負担を求める新たな規則案を提示したと報じている。金額の大きさには当然議論がある。しかし、日本の外国人政策を考えるうえで注目したいのは、負担金そのものではない。H-1Bには、外国人材の資格を審査するだけでなく、年間の受入れ枠を設け、その範囲で人材を選択するという「量的マネジメント」の考え方が明確に組み込まれていることである。

H-1Bとは何か

H-1Bは、米国企業が専門的知識を必要とする職務に外国人を雇用するための代表的な就労資格である。IT、エンジニアリング、金融、研究など幅広い専門職で利用され、日本の在留資格でいえば「技術・人文知識・国際業務」に近い存在と考えると分かりやすい。ただし制度設計には大きな違いがある。H-1Bには原則として年間65,000人の通常枠があり、さらに米国の大学院で修士号以上を取得した者について20,000人の追加枠が設けられている。一定の大学や研究機関等には例外があるものの、一般企業については明確な数量制限が存在する。希望者がその枠を上回るため、誰にH-1Bを与えるかという選択の仕組みも必要になる。

なぜ米国では数量制限が成立するのか

しかし、この制度だけを日本に取り入れることは適切ではない。H-1Bの数量制限が成立する背景には、米国の労働市場が世界中の専門人材を引きつけているという事情がある。世界的なIT企業、金融機関、研究機関が集積し、高い報酬とキャリア形成の機会がある。一定の場合には、その先に雇用ベースの永住権取得も視野に入る。つまり、「米国で働きたい人」が受入れ可能な人数を上回るからこそ、上限を設定し、その中から選択する制度が機能するのである。

日本は同じ立場にあるのか

これに対して、日本の「技術・人文知識・国際業務」には、H-1Bのような年間枠はない。大学等での専攻、職務内容の専門性、報酬、日本の機関との契約などを個別に審査し、要件を満たしていれば在留が認められるという仕組みである。では、日本も技人国に年間上限を設ければよいのだろうか。ここには慎重であるべき理由がある。高度な専門人材は、日本だけを見て勤務国を選んでいるわけではない。米国、シンガポール、オーストラリア、カナダ、欧州などと給与、キャリア、言語、家族生活、永住への道筋などを比較している。日本が人数枠を設定して選考を待たせれば、「それなら別の国へ行く」という選択も十分にあり得る。外国人を選ぶ側であると同時に、日本自身も外国人から選ばれる側なのである。

それでも「量」を考える必要はある

だからといって、外国人材の受入れ人数を政策として考える必要がないわけではない。外国人住民や外国人労働者が増加すれば、「日本はどの程度の外国人を受け入れるのか」という社会の問いに政府が答える必要も生じる。住宅、教育、医療、社会保障、地域社会への影響もあり、労働市場では国内労働者との関係も考えなければならない。個々の外国人が在留資格の要件を満たしているかを審査するだけでは、国全体の受入れ政策として十分とはいえない。

ここで重要になるのが、「適正な数量を目指すこと」と「数量そのものを直接規制すること」を区別することである。

数量規制ではなく「数量モニタリング」

均衡共生モデルでは、外国人の受入れについて単純な人数上限を先に設定する方法を基本とは考えない。必要なのは、まず実際に何が起きているのかを把握することである。例えば技人国であれば、在留者数や新規入国者数だけでなく、職種、産業、地域、給与水準、企業規模、転職、離職、在留期間などを継続的に観測する。どの分野で外国人材が必要とされ、どの分野で急増しているのか。国内人材の雇用や賃金にどのような影響が生じているのか。まず数量を「規制する対象」としてではなく、「制度を調整するための指標」として把握するのである。

重要なのは在留資格と実態の一致である

そして数量モニタリングと同時に重要なのが、実効的な在留審査と在留後の実態把握である。「技術・人文知識・国際業務」であれば、単に大学を卒業している、雇用契約が存在する、申請書に専門的な職務が記載されているという形式だけを見るのではない。実際に専門的業務に従事するのか、その外国人を採用することに職務上の合理性があるのか、報酬は日本人と比較して適正か、そして許可後も申請された活動と実際の就労内容が一致しているのかを確認する必要がある。

逆に、高度な専門性を持ち、日本企業が実際に必要としている外国人については、外国人全体の人数が増加しているという理由だけで入口を狭めるべきではない。必要な人材には入りやすく、制度趣旨から外れた利用には入りにくい制度を作る。この選別を実効的に行うことが重要になる。

実態に問題があれば、審査を調整する

数量モニタリングによって特定の分野や職種で急激な増加が確認されたとしても、直ちに「年間○万人まで」と上限を設定する必要はない。まず、その増加が経済社会の需要によるものなのか、制度の想定とは異なる利用によるものなのかを調べるべきである。例えば、技人国として許可された外国人が実際には専門性の乏しい業務に多数従事していることが確認されたのであれば、問題は人数そのものではなく、在留資格と就労実態との乖離にある。その場合には、職務内容の確認方法、企業側に求める資料、更新時の審査などを改善する方が合理的である。

「外国人が増えたから審査を厳しくする」のではなく、「この類型では申請内容と就労実態との乖離が確認されたため、この部分の確認を強化する」と説明する。この違いは大きい。政策変更の理由が明確になれば、外国人にも企業にも予見可能性が生まれ、行政への信頼にもつながる。

適正な数量は「結果」として形成される

この考え方では、政府が最初に「外国人は○万人が適正である」と決めるのではない。数量を継続的に観測し、労働市場と在留実態を把握し、実効的な在留審査を行い、問題が確認された部分について制度を調整する。その循環を繰り返すことによって、結果として経済社会の需要と制度目的に適合した受入れ規模が形成される。

つまり、「何人まで」という数字で人を管理するのではなく、「誰が、何のために入り、実際に何をしているのか」を管理する。その結果として数量も適正化されるという発想である。

H-1Bから学ぶべきこと

H-1Bから日本が学ぶべきなのは、抽選制度や高額な企業負担をそのまま導入することではない。外国人材の受入れについて「量」という政策変数を意識している点である。ただし、その管理方法は国の状況によって異なってよい。圧倒的な人材吸引力を背景に応募超過を調整する米国と、国際的な人材獲得競争の中で必要な人材から選ばれる必要のある日本では、同じ手段を採用する合理性はない。

均衡共生モデルが目指す量的マネジメント

均衡共生モデルは、外国人を無制限に受け入れることも、あらかじめ人数を固定して機械的に制限することも目指さない。必要なのは、数量を継続的にモニタリングし、外国人がどのような在留資格で入り、どこで、どのように働き、生活しているのかを把握することである。そのうえで、在留資格制度が想定する活動と実態との一致を実効的な審査によって確保し、必要に応じて制度を調整する。

適正な数量とは、行政が最初に決める一つの数字ではない。それは経済社会の需要、外国人材の供給、国内労働市場、地域社会への影響、そして制度の適正な運用を継続的に観測しながら形成されるものである。数量を直接統制するのではなく、数量を観測し、実態を把握し、制度を調整する。その積み重ねによって結果として適正な受入れ規模を実現する。この「数量モニタリングと実効的な在留管理」の組合せこそ、米国のH-1Bとは異なる、日本型の量的マネジメントのあり方ではないだろうか。

Kenji Nishiyama

筆者:西山健二(行政書士 登録番号 20081126)

外国人の在留資格をサポートしてきた行政書士。事務所サイトでは、在留・入管に関する最新ニュースや実務のヒントを毎日発信中。外国人雇用にも詳しく、企業の顧問として現場のサポートも行っている。