[ブログ]Dignity Actとは何か――「厳格な管理」と「人間の尊厳」を両立させる移民政策と均衡共生モデル

2026-08-26

「慈悲」と「法秩序」は対立するのか

米国のCarolina Journalに掲載されたChristina Taylor氏の「Keep mercy in the immigration debate」は、移民政策を考える際、国境、法律、公共秩序の重要性を認めながらも、その制度によって影響を受ける一人ひとりの人間を見失ってはならないと論じている。著者がそこで注目するのが、米国議会に提出されている超党派の「Dignity Act」である。この法案が興味深いのは、移民に対する寛容か規制かという二者択一ではなく、「accountability(責任)」と「human dignity(人間の尊厳)」を同時に制度の中へ組み込もうとしている点にある。この発想は、まさに均衡共生モデルが目指してきた方向と重なる。

Dignity Actとは何か

Dignity Act of 2025(H.R.4393)は、共和党のMaría Elvira Salazar議員と民主党のVeronica Escobar議員らが2025年7月15日に提出した超党派の包括的移民改革法案である。正式名称は「Dignity for Immigrants while Guarding our Nation to Ignite and Deliver the American Dream Act」であり、その名称自体に、移民の尊厳と国家の安全を同時に守ろうとする思想が表れている。2026年8月現在、これは成立した法律ではなく議会審議段階の法案である点には注意が必要である。

厳しい国境管理も法案の柱である

Dignity Actは、決して移民規制を緩和するだけの法案ではない。南部国境における物理的障壁、監視技術、ドローンなどを整備し、密入国や人身取引への取締りを強化する。また、雇用主が労働者の就労資格を確認するE-Verifyを全米で義務化し、不法就労を需要側から抑制する。庇護制度についても改革し、人道支援施設で原則60日以内に審査を行う仕組みや、中南米地域で事前審査を行う制度などを導入しようとしている。つまり、「国境を管理しない代わりに移民を救済する」という考えではない。むしろ、国境管理と適法な移民制度を強化することを前提としているのである。

長期滞在する非正規移民には「Dignity Program」

一方で法案は、2020年12月31日以前から米国内に居住している一定の非正規移民について、現実に社会の中で生活しているという事実も無視しない。「Dignity Program」では、犯罪歴などの身元審査を受け、未納税を支払い、その後も納税を続け、7年間で7,000ドルのrestitutionを負担し、定期的に国土安全保障省の確認を受けることなどを条件として、就労を伴う合法的な地位を得ることができる。7年間のプログラムを適切に終了すれば、国外退去から保護され、就労や一定の海外渡航が可能なDignity Statusを更新していくことができる。

無条件の「恩赦」ではない

重要なのは、この制度が単純なamnesty、すなわち無条件の在留合法化として設計されていないことである。通常のDignity Programから永住権や市民権への道は設けられておらず、所得連動型の連邦給付なども受けられない。法令遵守、納税、金銭的負担という義務を履行することによって、社会の中で安定して生活できる地位を得るという構造である。他方、幼少期に米国へ来たDreamersなどには、教育、就労、軍務等を条件とする永住への別の道が用意される。この区別にも、個々の事情に応じて法的地位を設計しようとする考え方が現れている。

均衡共生モデルとの第一の接点――二者択一を拒否する

ここに均衡共生モデルとの大きな接点がある。均衡共生モデルは、外国人を「受け入れるか、排除するか」という二項対立から出発しない。国家には、誰を受け入れ、誰に在留を認め、違反にどう対応するかを決定する責任がある。同時に、すでに社会の中で生活し、働き、家族を形成している外国人を、抽象的な「不法移民」というカテゴリーだけで処理すれば、新たな不安定や社会的コストを生み出す場合がある。Dignity Actも同様に、「law and order」と「dignity」の双方を政策目的として置いている。

第二の接点――権利と義務をセットにする

均衡共生モデルにおける共生とは、外国人に一方的に権利を与えることではない。外国人側には法令遵守、納税、社会保険、在留資格上の義務などが求められ、国家や受入社会側には、透明で予測可能な制度を整備し、適法に生活する者が過度な不安定状態に置かれないようにする責任がある。Dignity Programが、合法的な就労と生活の安定を認める代わりに、身元確認、納税、法令遵守、金銭的負担を要求する構造は、この「相互義務」に近い。

第三の接点――自国民との利益調整を制度化する

さらに興味深いのがAmerican Worker Fundである。Dignity Program参加者から徴収する資金を、米国人労働者の職業訓練や再教育に充てる構想であり、法案提案者は参加者一人につき少なくとも一人の米国人労働者を訓練できる規模を想定している。これは移民政策によって生じる利益と負担を外国人だけ、あるいは自国民だけに帰属させるのではなく、制度内部で調整しようとする発想である。均衡共生モデルでも、外国人受入れによる便益だけを強調して国民側の不安や負担を無視することは、持続的な共生につながらない。共生政策には、受入社会側にも利益や安心が見える構造が必要なのである。

「慈悲」を制度に変えるということ

Taylor氏の記事はキリスト教的な「mercy(慈悲)」からDignity Actを評価している。しかし、制度論として見れば、さらに重要な意味を持つ。慈悲を行政官の情状判断だけに委ねるのではなく、誰が、どのような条件を満たせば、どのような法的安定を得られるのかを制度として示そうとしているからである。これは均衡共生モデルが重視する透明性、一貫性、予測可能性ともつながる。人道的配慮が必要だからといって法を曖昧にする必要はない。むしろ、人道的配慮を明確な条件と手続によって制度化することが、本人にとっても社会にとっても予測可能性を高める。

日本の入管政策にも示唆がある

もちろん、約3億人を超える人口を持ち、巨大な非正規移民人口を抱える米国と日本を単純に比較することはできない。しかし政策思想から学べる点は多い。外国人政策を厳格化するなら、何を守るための厳格化なのかを説明する。一方、長期間社会の一員として生活し、義務を履行している外国人には、その蓄積が法的安定につながる仕組みを用意する。そして、外国人を受け入れることによる社会的利益と負担を可視化し、自国民との利益調整も政策の一部として設計する。この三つを同時に考える必要がある。

「管理か共生か」ではなく「管理によって共生を可能にする」

Dignity Actが示している最も重要な問いは、移民政策において秩序と慈悲のどちらを選ぶかではない。両者をどのような制度によって両立させるかである。国境管理を強化することと人間の尊厳を守ることは、本来必ずしも矛盾しない。違反を放置することが共生なのでもなく、違反者を一律に排除することだけが秩序なのでもない。明確なルール、履行すべき義務、再び適法な社会参加へ戻るための道、その結果として得られる法的安定を一つの制度として設計する。Dignity Actは、その成否とは別に、「管理と共生を同じ制度の中で設計する」という発想を提示している。この発想こそ、均衡共生モデルが目指す「管理か共生か」から「適切な管理によって持続可能な共生を可能にする」政策への転換と、深く通じるものではないだろうか。


Kenji Nishiyama

筆者:西山健二(行政書士 登録番号 20081126)

外国人の在留資格をサポートしてきた行政書士。事務所サイトでは、在留・入管に関する最新ニュースや実務のヒントを毎日発信中。外国人雇用にも詳しく、企業の顧問として現場のサポートも行っている。