[ブログ]不信はどのように生まれるのか ― 制度経験が社会の距離を広げるとき ―
2026-07-13
1. 問い
不信は、どのように生まれるのか。
外国人に対する不信。行政に対する不信。企業に対する不信。地域社会に対する不信。
移民・難民政策をめぐる議論では、これらの不信が、人々の価値観や感情の問題として語られることが多い。
しかし、不信は単なる好き嫌いや偏見だけから生まれるものではない。
制度が説明されない。判断が一貫しない。将来を予測できない。問題が起きても修復できない。関係する制度が互いに接続されていない。
こうした経験が繰り返されることで、人は制度から距離を置くようになる。
均衡共生モデルは、不信を個人の感情ではなく、制度経験によって形成される社会的な現象として捉える。
2. 不信は感情だけではない
不信には、感情的な側面がある。
知らない人への不安。異なる言語や文化への戸惑い。治安や雇用に対する漠然とした心配。
しかし、こうした感情の背景には、制度に対する理解不足や情報不足があることが多い。
外国人がどのような資格で在留しているのか。
どのような条件で働いているのか。
企業や行政がどのような責任を負っているのか。
問題が生じたとき、誰が対応するのか。
これらが分からなければ、人は見えない部分を不安によって補う。
不信とは、情報がない状態そのものではない。
情報がなく、制度の働き方を理解できず、何が起きるか予測できない状態から生まれる。
3. 不透明性が不信を生む
制度が不透明であるとき、人はその判断を信頼できない。
なぜ在留資格が許可されたのか。
なぜ不許可になったのか。
なぜ同じように見える人に異なる在留期間が与えられるのか。
なぜ永住が認められ、あるいは認められなかったのか。
すべての審査基準を公開することは難しいとしても、判断の方向性すら理解できなければ、制度は恣意的に見える。
本人は、自分がどのように評価されたのか分からない。
企業は、次に何を改善すべきか分からない。
地域社会は、行政が適切に管理しているのか判断できない。
説明の不足は、当事者だけでなく、社会全体の不信を生む。
4. 一貫性の欠如が不信を深める
制度への信頼には、一貫性が必要である。
同じ条件であれば、同じように判断される。
同じ違反であれば、同じように扱われる。
同じ資料であれば、担当者や地域によって評価が大きく変わらない。
この一貫性があることで、人は制度を公平なものとして理解できる。
しかし、同じような事案で結果が異なり、その違いが説明されなければ、人は制度を運や担当者次第のものと感じる。
行政に裁量が必要であることと、判断が無秩序であることは同じではない。
裁量があるからこそ、どの事情を考慮し、なぜ異なる判断に至ったのかを説明する必要がある。
説明されない差異は、制度の柔軟性ではなく、不公平として受け止められる。
5. 予測できない制度は生活を不安定にする
人が制度を信頼するためには、将来をある程度予測できなければならない。
更新が認められる可能性はあるのか。
どの条件を満たせば長期の在留期間を得られるのか。
転職や退職が在留資格にどのような影響を与えるのか。
納税や社会保険の状況がどのように評価されるのか。
家族を呼び寄せ、住宅を借り、子どもを学校へ通わせることができるのか。
これらを見通せなければ、人は長期的な生活設計を行うことができない。
予測不能な制度は、外国人本人だけを不安定にするのではない。
採用を判断する企業、融資を検討する金融機関、契約を判断する住宅事業者、生活を共にする家族にも不確実性を広げる。
制度の予測可能性は、個人の安心だけでなく、社会の経済活動を支える条件でもある。
6. 制度の断絶が不信を増幅する
入管行政だけを見ても、不信の構造を十分に理解することはできない。
外国人の生活は、在留資格だけで成立しているわけではない。
雇用、税、社会保険、金融、住宅、教育、医療、地域社会との接続によって成立している。
しかし、これらの制度は互いに独立して運用されている。
在留期間更新中であることが銀行に伝わらず、口座利用が制限される。
企業が社会保険手続を怠った結果、本人の在留審査に不利益が及ぶ。
住宅事業者が在留資格を正確に理解できず、適法に在留する人を一律に拒否する。
子どもの教育支援が、在留、福祉、学校の間で分断される。
一つ一つの制度が正しく動いているつもりでも、接続されていなければ、人の生活全体では不合理な結果が生じる。
制度の断絶は、誰が責任を負うのかを曖昧にし、不信を拡大させる。
7. 責任の偏りが不信を生む
不信は、責任を負う者と不利益を受ける者が一致しないときにも生まれる。
企業が適切な雇用管理を行わなかった。
登録支援機関が必要な支援を行わなかった。
行政間で情報が共有されなかった。
金融機関が更新手続中の状態を確認できなかった。
それにもかかわらず、最終的な不利益が外国人本人に集中することがある。
在留が不安定になる。
仕事を失う。
口座や住居を失う。
本人が制度上の担保として扱われる構造では、制度に対する信頼は育たない。
責任を負うべき主体が説明責任と是正責任を負い、不利益が一方に集中しない仕組みが必要である。
8. 修復できない制度が不信を固定する
制度に誤りが生じることを完全に防ぐことはできない。
重要なのは、誤りを修復できるかどうかである。
登録された情報に誤りがあれば訂正できるか。
提出資料に不足があれば補正できるか。
企業の手続不備があれば、本人を直ちに排除する前に是正できるか。
制度変更によって従来の生活が影響を受ける場合、経過措置や説明があるか。
修復の道がなければ、一度の失敗が生活全体を崩す。
その経験は、本人だけでなく、同じ立場にある人々にも共有される。
制度は失敗しないことで信頼されるのではない。
失敗を認め、説明し、修復できることで信頼される。
9. 不信は自己増殖する
制度への不信は、一度生まれると自己増殖する。
制度を信頼できない人は、制度に必要な情報を出さなくなる。
相談を避ける。
正式な手続ではなく、非公式な仲介者や不正確な情報に依存する。
行政や企業は、情報が得られないため、さらに厳しい確認や監督を行う。
手続が重くなり、説明が複雑になり、人はさらに制度を避ける。
この循環によって、不信は個人の感情から、社会の構造へと変わっていく。
外国人への不信が管理強化を生み、管理強化が制度回避を生み、その制度回避がさらに不信を正当化する。
不信を放置すれば、社会は監視と回避の循環へ進む。
10. 地域社会の不信も制度から生まれる
外国人に対する地域社会の不信を、住民の偏見だけで説明してはならない。
地域住民もまた、制度から十分な説明を受けていないことがある。
どのような人が地域に住んでいるのか。
生活ルールや日本語学習を誰が支援するのか。
問題が起きたときに、どこへ相談すればよいのか。
企業や行政は、どのような責任を負っているのか。
こうしたことが見えなければ、住民は制度ではなく、自らの印象や断片的な報道に頼る。
SNSや報道で目立つ一部の事件が、外国人全体の印象へ拡大される。
制度が説明責任を果たさない空白を、不安と憶測が埋めるのである。
地域社会の信頼を得るには、外国人本人への説明だけでなく、受入れ社会への説明も必要である。
11. 不信を減らす条件
不信は、制度によって生み出される。
だからこそ、制度によって減らすこともできる。
第一に、説明可能性である。
何が判断され、なぜその結論に至ったのかを理解できること。
第二に、一貫性である。
同じ条件が同じように評価されること。
第三に、予測可能性である。
人が将来の生活を合理的に設計できること。
第四に、修復可能性である。
誤りや不備が生じても、訂正や是正の道があること。
第五に、制度間接続である。
在留、雇用、金融、住宅、教育、社会保険が、生活の視点からつながること。
第六に、責任の公平な分配である。
外国人、企業、行政、地域社会が、それぞれ負うべき責任を明確にすること。
これらは、不信を完全に消すものではない。
しかし、不信が増幅し、社会を分断することを防ぐ条件となる。
12. 結論
不信は、人の性格だけから生まれるのではない。
制度が説明されず、判断が一貫せず、将来が予測できず、問題を修復できず、制度同士が接続されていないとき、不信は生まれる。
その不信は、外国人本人から企業、行政、金融機関、地域社会へと広がっていく。
そして、不信が管理強化と制度回避を生み、さらなる不信を作り出す。
均衡共生モデルが目指すのは、人々に信頼を命じることではない。
信頼することが合理的になる制度経験を作ることである。
不信は、制度設計の結果である。
だからこそ、制度を説明可能で、一貫し、予測可能で、修復可能で、接続されたものへ変えることで、不信は減らすことができる。
不信の構造を理解することは、信頼の社会を設計するための第一歩である。
※本稿は、均衡共生モデルにおける目次を構成する章に位置付けています。
