[ブログ]ロヒンギャ女性と子どもが直面する「継続する脆弱性」―送還不能問題と均衡共生モデルから考える―

2026-06-05

ロヒンギャ女性と子どもの現実

近年の研究では、タイやマレーシアで暮らすロヒンギャ女性と子どもたちが、無国籍状態による深刻な脆弱性に直面している実態が明らかになっている。

ロヒンギャは1982年のミャンマー国籍法によって市民権を剥奪され、法的保護を失った。その後、多くの人々が迫害や暴力から逃れるため近隣諸国へ移動したが、タイやマレーシアでは難民としての法的地位が十分に認められず、不安定な立場に置かれている。

彼女たちは就労や教育へのアクセスが制限されるだけでなく、警察や入管当局による摘発、収容、賄賂要求などのリスクに日常的にさらされている。特に夫や父親が収容されると、家族の生活基盤は急速に崩壊し、女性や子どもが極度の貧困状態へ追い込まれる。

研究では、児童労働や早婚、いわゆる「生存のための結婚」といった現象も報告されている。また、12歳を超えた男児が母親から引き離され成人施設へ収容される事例や、長期収容によるPTSD、世代間トラウマの問題も深刻化している。

その一方で、ロヒンギャ女性たちは口コミによる摘発情報の共有、共同融資、親族ネットワーク、宗教的支援などを活用しながら生存戦略を構築している。論文は、この状況を単なる貧困や難民問題ではなく、「無国籍状態があらゆる危険を増幅する脆弱性の増幅装置として機能している状態」であると分析している。

送還不能問題の本質とは何か

この研究は、日本における送還不能問題の本質を考える上でも重要な示唆を与えている。

筆者は以前の記事「送還不能問題の本質とは何か」において、送還不能問題の本質は「送還したくても送還できない」という行政技術上の問題ではなく、「国籍・身分・保護責任を担う国家との接続が失われた人々が生み出されること」にあると指摘した。

ロヒンギャの事例はその典型例である。ミャンマー政府は彼らを自国民として十分に認めず、受入国も恒久的な保護を与えない。その結果、帰る国もなく、受け入れる国もない状態が発生する。

送還不能者を単に「退去強制令書が執行できない人」と捉えると、問題は収容の強化や送還圧力の強化によって解決できるように見える。しかし実際には、送還先が存在しない、あるいは送還によって迫害や生命の危険が生じる場合、強制送還には限界がある。

つまり送還不能問題とは、入管行政だけの問題ではなく、国籍制度、難民保護制度、人権保障制度、国際協力制度が相互に接続できていないことによって生じる構造的問題なのである。

国際社会はどのような取り組みを進めているのか

国際社会もこの問題の解決に向けて様々な取り組みを進めている。

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は長年にわたりロヒンギャ保護を支援し、第三国定住や教育支援、法的支援を実施している。また、2014年以降には無国籍問題の解決を目指す「#IBelongキャンペーン」を展開し、無国籍者の削減を国際的な課題として位置付けてきた。

さらに、2018年の「難民に関するグローバル・コンパクト」や、2018年の「安全で秩序ある正規移住のためのグローバル・コンパクト」では、難民・移民問題を一国のみで処理するのではなく、国際的な責任分担の下で対応する考え方が示されている。

近年ではASEAN諸国においても、単なる取締りではなく、教育や就労機会を通じた社会統合の必要性が徐々に議論されるようになっている。

しかし現実には、政治的負担や社会的不安から、多くの国が恒久的受入れには慎重であり、制度的な解決は依然として限定的である。

均衡共生モデルとの整合

このロヒンギャ研究は、筆者が提唱する「均衡共生モデル(Balanced Coexistence Model)」とも高い整合性を持つ。

均衡共生モデルについては、以前の記事「均衡共生モデルとは何か」において述べたとおり、移民・難民政策を「受け入れるか拒否するか」という二項対立ではなく、社会の信頼を維持しながら、どのように制度的接続を構築するかという観点から捉えるものである。

ロヒンギャ女性たちが示しているのは、人々が社会との接続を失ったとき、非公式な共同体がその空白を埋めようとする現実である。しかし、共同体による支援だけでは教育、医療、就労、法的保護といった社会基盤を十分に保障することはできない。

均衡共生モデルの観点から見ると、問題は「難民だから」でも「外国人だから」でもない。問題は、行政、労働、教育、医療、住宅、金融、社会保障といった制度との接続が失われていることである。

本モデルでは、信頼を「理解できること」「予測できること」「依拠できること」と定義している。無国籍状態は、この三要素を根本から破壊する。本人は将来を予測できず、社会も本人の法的地位を理解できず、双方が相互に依拠できない状態に陥るからである。

したがって、均衡共生モデルが目指すべき方向は、無条件の受入れでも排除でもない。身分確認、法的地位、就労、教育、社会保障を段階的に接続し、社会全体の説明可能性を高めながら保護を実現する制度設計である。

おわりに

ロヒンギャ女性と子どもたちの事例は、無国籍状態が単なる法的問題ではなく、人々の生活全体を不安定化させる構造的リスクであることを示している。

送還不能問題の本質もまた、単なる執行上の問題ではなく、国家と個人の制度的接続が失われた結果として発生するものである。国際社会はその解決に向けて努力を続けているが、根本的な解決には至っていない。

均衡共生モデルの視点から見れば、必要なのは感情論や理念論ではなく、信頼を生み出す制度設計である。ロヒンギャ問題は、移民・難民政策の究極的な課題が「人をどのように社会へ接続するか」にあることを改めて示しているのである。

Kenji Nishiyama

筆者:西山健二(行政書士 登録番号 20081126)

外国人の在留資格をサポートしてきた行政書士。事務所サイトでは、在留・入管に関する最新ニュースや実務のヒントを毎日発信中。外国人雇用にも詳しく、企業の顧問として現場のサポートも行っている。