[ブログ]「最低資本金なし」の衝撃 ― EU Inc.と日本の経営・管理制度を考える ―
2026-05-31
EU Inc.が示す「会社設立の軽さ」と人材移動の重さ
Fragomenの記事によれば、EU欧州委員会は2026年3月、「EU Inc.」または「第28制度」と呼ばれる新たな会社設立制度案を公表した。これは、加盟国ごとに異なる会社法制とは別に、EU共通の任意制度を設け、EU域内での会社設立をより簡素化しようとするものである。
48時間・100ユーロ未満・最低資本金なし
EU Inc.の大きな特徴は、会社設立をオンラインで完結させ、48時間以内、100ユーロ未満、最低資本金なしで可能にしようとしている点である。企業情報についても、一度提出すれば足りる「once-only原則」や、共通デジタル登記制度の導入が想定されている。これは、スタートアップや中小企業が国境を越えて事業展開する際の制度的な摩擦を減らす試みである。
企業制度は統一されても、人材制度は統一されない
もっとも、EU Inc.によって会社設立が共通化されても、移民、労働、社会保障、税制は依然として加盟国ごとに維持される。企業だけがEU共通の器を持っても、そこで働く人材の在留資格、社会保険、税務上の取扱いが国ごとに異なれば、実務上の複雑性は残る。特に、企業内転勤、越境テレワーク、複数国にまたがる雇用関係では、どの国の制度を適用するのかが問題となりやすい。
日本でも、かつてはスタートアップ参入促進が重視されていた
この点は、日本の「経営・管理」の在留資格を考える上でも示唆的である。当事務所の記事でも述べたとおり、我が国でもこれまでは、外国人起業家の参入を促すため、スタートアップビザ、創業準備活動、国家戦略特区、自治体による起業支援など、さまざまな制度が整備されてきた。これは、資金や実績がまだ十分でない段階でも、有望な起業家を社会に受け入れ、成長の機会を与えるという発想に基づくものであった。
「最低資本金なし」と「経営・管理の厳格化」の対照
EU Inc.が「最低資本金なし」を掲げていることは象徴的である。起業の初期段階では、資本金の大きさよりも、事業内容、成長可能性、透明性、継続的な活動実態のほうが重要となる場合が多い。これに対し、日本では近年、「経営・管理」の在留資格について、資本金要件や事業規模要件を厳格化する方向が強まっている。もちろん、名目的な会社設立や実体の乏しい在留を防ぐ必要はある。しかし、入口の資本要件を過度に重くすれば、本来支援すべき小規模・革新的な起業家まで排除してしまうおそれがある。
制度目的のねじれ
問題は、スタートアップ参入促進という政策目的と、経営・管理の厳格化という制度運用が、同じ方向を向いていないように見える点である。一方では「日本で起業してほしい」と言い、他方では「相当な資金と体制がなければ認めにくい」とするなら、制度全体としてのメッセージは不明確になる。外国人起業家にとって重要なのは、単に在留資格が取れるかどうかだけではない。どの段階で、どの条件を満たせば、どのように事業を成長させられるのかが予測できることである。
均衡共生モデルから見た課題
均衡共生モデルの観点から見ると、在留制度は「排除」か「受入れ」かの二択ではなく、社会が信頼を形成するための制度設計である。信頼とは、外国人本人にとっては、自分の将来を予測できることであり、受入れ社会にとっては、その活動実態を確認し、必要な場合には是正できることである。したがって、重要なのは、入口で一律に高い資本金を求めることではなく、事業の実体、納税、社会保険、雇用、地域との接続を継続的に確認できる仕組みを整えることである。
資本金ではなく、説明可能性を基準にする
EU Inc.は、会社設立そのものを軽くしつつ、登記情報のデジタル化やonce-only原則によって、行政が企業情報を把握しやすくする方向を示している。これは、参入障壁を下げながら、透明性を高める制度設計である。日本の経営・管理制度も、単に資本金額を引き上げるのではなく、事業計画、資金の出所、取引実態、雇用、納税、社会保険加入状況などを、デジタルに接続し、説明可能な形で確認する方向に進むべきである。
入口規制から、成長過程の信頼形成へ
外国人起業家に必要なのは、最初から大企業並みの体制を求められることではなく、一定の透明性のもとで事業を開始し、成長に応じて責任を果たしていく道筋である。受入れ社会に必要なのは、実体のない会社を防ぎつつ、将来性のある起業家を過度に排除しない制度である。この両者の均衡を図ることこそ、均衡共生モデルの考え方に合致する。
日本に求められる制度の再整理
EU Inc.は、企業制度の簡素化が必ずしも人材移動の自由化を意味しないことを示している。同時に、会社設立を軽くし、情報管理を高度化することで、起業家を受け入れる制度の可能性も示している。日本でも、スタートアップ促進と経営・管理厳格化を対立させるのではなく、参入のしやすさ、制度の透明性、事後的な確認可能性を組み合わせた制度設計が必要である。資本金の多寡だけで信頼を測るのではなく、社会との接続状況を継続的に確認する仕組みこそ、これからの外国人起業家受入れに求められる視点である。
