[ブログ]スイス難民制度改革に学ぶ――日本の難民認定制度が得るべき示唆

2026-03-31

英国のシンクタンクSocial Market Foundationが2026年3月に公表したレポート“Swiss role model?”は、スイスがいかにして難民制度への信頼を立て直したかを丹念に分析したものである。報告書の中心にあるのは、難民制度を「速く、適正で、かつ執行可能なもの」に再設計する発想である。これは単なる処理件数の増減の話ではない。保護すべき人を保護しながら、不認定となる案件についても制度としての説得力を保ち、社会の信頼を失わない仕組みをどう作るかという、より本質的な問いである。日本でも難民認定制度をめぐっては、審査の長期化、判断の納得性、補完的保護との接続、不認定後の対応、そして社会統合の設計など、多面的な課題が存在する。スイスの経験は、その全体像を考え直す上で重要な示唆を与える。

スイス改革の核心は「速さ」と「公正さ」を対立させなかったこと

この報告書で特に注目すべきなのは、スイスが迅速化を図る際に、公正さを削る方向ではなく、むしろ初期段階から法的支援を厚くすることで、結果として審査の質と速度の両方を高めようとした点である。スイスでは、多くの申請を140日を上限目標とする加速手続で処理し、その初期段階から公費による法律相談・代理支援を受けられる体制を整えたという。さらに、審査官との面接や必要な支援を一か所に集約した連邦アサイラムセンターを整備し、申請者、通訳、法律家、行政機関が同じ空間の中で動けるようにした。ここで重要なのは、「丁寧に審査すること」と「早く結論を出すこと」は本来両立し得るという設計思想である。日本でも、審査の精緻化と迅速化がしばしば二者択一のように語られるが、スイスの事例は、前倒しの支援こそが全体の遅延や不服申立ての増大を抑えうることを示している。

日本への第一の示唆は、初期段階の法的・情報的支援の制度化である

日本の難民認定制度を考えるとき、まず重要なのは、申請の最初期における情報格差をどう縮めるかである。難民該当性や補完的保護該当性は、出身国情報、個人の経歴、迫害や危険の具体的内容など、極めて高度な事実認定を必要とする。にもかかわらず、申請人が制度の構造を十分理解しないまま、断片的な説明で申請に入れば、その後に補足や修正が重なり、かえって審査は長引きやすい。スイス型の示唆は、入口での法的助言、通訳、国別事情の整理、主張立証の見取り図を、制度として提供することである。これは単に申請人の権利保障のためだけではない。行政にとっても、争点の早期整理、証拠の適切な提出、判断理由の明確化につながり、結果として審査全体の負担を下げる。日本でも、難民認定と補完的保護認定を含めた初期案内の標準化、専門的支援へのアクセスの平準化、そして面接前の争点整理支援は、検討に値する課題である。

第二の示唆は、審査・生活支援・面接機能の分断を見直すことである

スイス報告書が繰り返し強調するのは、施設配置それ自体が制度の性能を左右するという点である。申請者が各地に分散し、面接や相談のたびに移動し、必要な関係者が別々に存在する体制では、制度は遅くなり、誤解も生じやすい。これに対し、連邦アサイラムセンターでは、面接、法律相談、通訳、医療、生活支援などが「一つ屋根の下」に置かれ、行政も申請者に継続的にアクセスできる。日本にそのまま移植することは容易でないとしても、少なくとも難民認定の初期段階において、審査、通訳、医療的評価、脆弱性把握、法的支援を断片的に運営するのではなく、地域拠点型に集約する発想は有効であろう。これは手続の効率化だけでなく、申請人の心身状態に配慮した審査の質の向上にも資する。

第三の示唆は、保護後の統合設計までを制度の中に組み込むことである

スイスの特徴は、認定後の統合支援を、就労参加と言語習得に明確に結びつけている点にもある。報告書では、連邦から州に対して一定期間の支援財源が配分され、難民等の統合支援が単なる生活扶助にとどまらず、労働市場への参加と語学習得を軸に設計されていることが紹介されている。日本でも、難民認定制度は認定までの手続ばかりに注目が集まりがちであるが、真に問われるべきは、その後に社会の一員として安定して生活できるかである。住居、就労、語学、地域接続、学校、医療へのアクセスを欠いたままでは、認定それ自体の意味が薄れる。難民制度は、認定の可否だけを決める入口の制度ではなく、保護後の社会統合まで含めて設計されるべき制度であるという発想を、日本もより明確に持つ必要がある。

第四の示唆は、「厳格化」だけでは信頼は回復しないという点である

このレポートは、スイスの制度を単なる厳格化モデルとして描いていない。むしろ、法的支援を前倒しし、迅速な判断と帰還政策を組み合わせ、さらに改革前にパイロットと独立評価を重ね、関係主体の合意形成を図った点に成功の理由を見ている。すなわち、社会の信頼を回復したのは、強いメッセージそのものではなく、制度の予見可能性と説明可能性である。日本でも、難民制度をめぐる議論は、ときに「保護の強化」か「濫用対策」かという単純な対立に流れやすい。しかし本来必要なのは、保護すべき人を早く保護し、保護に当たらない案件についても十分な手続保障を経た上で結論を明示し、その後の対応まで一貫して制度化することである。説明可能な制度は、甘い制度でも冷酷な制度でもない。判断基準と手続の流れが見え、結果に一定の納得可能性がある制度である。

日本が学ぶべきなのは「外国の成功例」ではなく「制度設計の順番」である

スイスと日本では、地理的条件も、流入構造も、行政文化も異なる。したがって、スイスの仕組みをそのまま日本に当てはめればよいわけではない。それでも本報告書から得られる最大の教訓は、改革の順番にある。第一に、理念を掲げるだけでなく、現場で機能する小規模な試行と評価を行うこと。第二に、審査の迅速化を、法的支援と情報整備の前倒しによって支えること。第三に、認定後統合と不認定後対応を含めた全体設計を描くこと。第四に、中央政府だけでなく、自治体、支援団体、法律専門職、地域社会を含む関係者の合意形成を重視することである。日本の難民認定制度に必要なのも、スローガンではなく、この制度設計の順番を踏んだ改革であろう。

難民制度は、国家の境界を管理する制度であると同時に、その国家が人間の危機にどう向き合うかを示す制度でもある。スイスの報告書は、迅速性、公正性、執行可能性を対立させずに再構成することが可能であると示した。日本に求められているのもまた、保護と統制のどちらか一方に傾くことではない。制度への信頼を支える、説明可能で、持続可能で、統合まで見据えた難民認定制度の構築である。

Kenji Nishiyama

筆者:西山健二(行政書士 登録番号 20081126)

外国人の在留資格をサポートしてきた行政書士。事務所サイトでは、在留・入管に関する最新ニュースや実務のヒントを毎日発信中。外国人雇用にも詳しく、企業の顧問として現場のサポートも行っている。