[ブログ]大学が移民支援の拠点になるとき――MSU移民法クリニックから日本への示唆
2026-02-12
米ミシガン州の学生新聞The State Newsに掲載された記事「Justice in action: How MSU’s Immigration Law Clinic balances education and advocacy」(2026年2月2日)は、ミシガン州立大学(MSU)ロースクールの移民法クリニックが、教育(学び)と当事者支援(アドボカシー)をどう両立しているかを丁寧に描いています。日本でも在留外国人が増え、「制度理解の壁」「言語の壁」「支援の担い手不足」が顕在化する中、この“大学が地域の移民支援の拠点になる”モデルは多くの示唆を与えます。
1. 記事のポイント:学びの場が、そのまま支援の現場になる
記事によれば、MSUの移民法クリニックは2010年に教員が中心となって設立され、学生が実際の依頼者(地域住民、学生、教職員など)を担当しながら、教員の厳格な監督の下で実務を学ぶ仕組みです。扱うテーマは、迫害から逃れてきた人、犯罪・人身取引の被害者、家族や子どもに関する案件など「人生が左右されうる高リスク領域」で、授業で得た知識が、現場の複雑さの中で統合されていく様子が語られます。特に印象的なのは「教室の教材は、依頼者そのもの」という言葉です。法制度を“暗記する対象”から、“誰かの生活を守る道具”へと変換する力が、ここで育ちます。
2. 無償(プロボノ)だからこそ保てる品質と倫理
記事では、民間の法律事務所と異なり「スピードや利益のために手を抜くインセンティブがない」点が強調されます。移民法は期限、証拠、ストーリー構築、面接対応などの積み上げが成果を左右しやすく、拙速は致命傷になりがちです。無償であっても“良い仕事をする”ことが前提の環境は、教育面では学生に強い職業倫理を刻み、支援面では依頼者にとってのセーフティネットになります。日本でも、行政書士・弁護士・支援団体の多くが「採算が合わないが必要性が高い相談」を抱えています。制度側が無償支援の土台(資金、場所、データ共有、翻訳)を整えることが、品質と継続性を左右します。
3. “恐怖と混乱”の時代に、大学が果たすべき役割
記事は、移民政策の急激な変化が当事者の不安を増幅させ、情報不足が混乱を招く現実にも触れます。執行の強弱だけでなく、ルールが「頻繁に変わる」「解釈が揺れる」こと自体が、在留の安定を損ないます。MSUの例では、大学や自治体が当事者を守る姿勢を見せつつも、連邦法執行を大学や市が止められるわけではないという限界も明確に説明されます。だからこそ、大学内の総務・法務(General Counsel)への連携、現場の職員が勝手に情報提供をしないための手順、当事者がパニックにならないためのガイダンスなど、“組織としての備え”が重要になります。日本でも、入管対応や在留手続の相談窓口が分散し、学校現場が「何をどこまで言ってよいか」で萎縮する場面があります。大学・学校・企業が、法務・支援者・現場担当をつなぐ「相談の回路」を制度化する必要があります。
4. 「レッドカード」に見る、権利教育の実装力
記事では、移民の権利教育で使われる「レッドカード(権利カード)」の配布が紹介されます。複雑な権利保障を、携帯可能な短い文言と多言語で落とし込むことで、現場で役立つ“実装”に変えている点が重要です。日本でも、在留カード携帯義務、職質・在留確認、雇用主や学校からの書類要請など、日常の場面で誤解や過剰対応が起こりやすいテーマがあります。「何を求められたときに、誰に相談し、何を提示し、何を拒めるのか」を、当事者にも支援者にもわかる形で共有することは、トラブル予防そのものです。自治体の多言語相談窓口や国際交流協会が、学校・企業と連携して“携帯できるガイド”を標準配布する取り組みは、日本でもすぐに実行可能です。
5. 日本への示唆①:法学教育に「臨床」を組み込む
日本の法学教育でも、模擬裁判や実務家講義はありますが、移民・在留・難民・国際家族法を軸に、地域の相談を受けて学生が一定の役割を担う「臨床(クリニック)」はまだ限定的です。ここには二つの効果があります。第一に、人材育成です。移民・在留は行政手続と生活支援が密接で、実務は“総合格闘技”になりがちです。早い段階で現場に触れた人材は、法律職だけでなく自治体職員・教育関係・企業の人事労務でも価値を発揮します。第二に、地域の支援インフラです。相談が集中する都市部だけでなく、技能実習・特定技能・留学生が増える地方ほど、専門家が不足しがちです。大学が拠点になれば、地域の支援の空白を埋められます。
6. 日本への示唆②:「行政書士×弁護士×大学×自治体」のチーム化
日本の在留手続は、行政書士が強みを持つ領域(申請書類の構築、説明資料の整理、企業・学校との調整)が多い一方、争訟や強制退去など弁護士領域と接続する局面もあります。大学クリニック型の枠組みは、単独職能ではなく“連携の型”をつくる装置になります。例えば、一次相談は大学・自治体の窓口で受け、手続設計は行政書士が担い、争点化したら弁護士に接続する。学校現場の日本語教育や進路支援(中退・不就学リスク)とも連結する。こうした流れを「紹介」ではなく「標準プロトコル」として定義すると、支援の質が安定します。
7. 日本への示唆③:情報の“正しさ”より、“伝わり方”を設計する
記事では、移民をめぐる議論が「最も情報不足の議論になりがちだ」という趣旨の指摘も出てきます。日本でも、在留外国人をめぐる言説は、制度の細部が伝わらないまま感情的に揺れやすい。ここで効くのは、長文の制度解説よりも、当事者と支援者が現場で使えるチェックリスト、QA、短い動画、そして誤情報を見分ける“基礎リテラシー”です。大学・自治体・専門職が共同で「共通教材」を作り、学校や企業研修に組み込むと、誤解のコスト(炎上、差別、手続遅延、退学、離職)を下げられます。
8. まとめ:支援は“特別な善意”ではなく、社会のインフラ
MSUの移民法クリニックの記事が示すのは、支援を個人の善意や属人的なスキルに頼らず、「教育」「地域支援」「組織の危機管理」「権利教育」を束ねてインフラ化する発想です。日本でも、外国人材の受入れが“制度の拡大”段階から“定着と共生の品質”段階に入っています。大学が地域のハブになり、行政・教育・企業・専門職が一枚岩で“伝わる支援”を設計できるか。この記事は、その具体像を提供しています。まずは、①多言語の権利・手続カードの標準化、②学校・企業向けの相談フロー整備、③大学での臨床型教育の試行——この3点から始めるだけでも、日本の支援の地力は確実に上がるはずです。
