[ブログ]外国人職員の労災が増える中で考える安全教育と雇用主の責任

2025-12-02

はじめに:労災増加という重い現実

2024年、外国人労働者の労災による死傷者数が初めて6千人を超えたことが、厚生労働省の集計で明らかになりました。このニュースを伝えるYahoo!ニュースの記事では、死者数も統計開始以降で最多となり、安全教育やコミュニケーションの不十分さが背景にあると指摘されています。技能実習、特定技能、永住者・定住者など、在留資格にかかわらず多くの外国人が日本経済を支えていますが、その裏側で「言葉が通じないから仕方ない」「慣れれば大丈夫だろう」という安易な前提のまま現場に送り出されているケースも少なくありません。この記事では、そうした現状を踏まえつつ、外国人職員への安全教育の難しさと、雇用主が特に留意すべきポイントについて整理します。

外国人職員への安全教育が難しい理由

第一に、言語の壁があります。同じ「日本語が話せる」といっても、日常会話レベルと、安全マニュアルや手順書を自力で読み込み、抽象的な危険概念を理解できるレベルには大きな差があります。「押す」「引く」「止める」「退避」といった基本語でも、現場の騒音の中、早口の指示や方言、略語が重なると聞き取りは格段に難しくなります。口頭で一度説明しただけでは、本当に理解されたかどうか、雇用主側が過大評価してしまいがちです。

第二に、安全文化やリスク感覚の違いも無視できません。出身国によっては、労災補償制度そのものが整っておらず、「けがをしても自己責任」「指示に疑問を持たないことが美徳」という職場文化で働いてきた人もいます。その場合、「危ないと思ったらラインを止めていい」「おかしいと思ったらすぐ報告してよい」と伝えても、実際には「迷惑をかけたくない」「評価が下がるのでは」と考え、危険を飲み込んでしまうことがあります。

第三に、就労形態の複雑さがあります。技能実習や特定技能では、監理団体や登録支援機関、派遣会社など、複数の主体が関わることが多く、「誰がどこまで安全教育をするのか」が曖昧になりがちです。入国前講習と入国後の現場教育の内容が連携しておらず、同じことを繰り返している一方で、本当に必要な設備特有の危険については誰も説明していない、といったミスマッチも起こります。

第四に、人手不足と納期プレッシャーが教育を圧迫している現実もあります。現場では、「早く人が欲しい」「ラインにすぐ入ってもらわないと回らない」という切迫感から、OJTの時間が十分に取られず、「とりあえず見よう見まねで覚えて」という属人的な教育に傾きがちです。その結果、安全教育が「形式的なビデオ視聴と署名」で終わり、理解度の確認や反復練習が置き去りになるリスクがあります。

雇用主が特に留意すべきポイント

こうした難しさを前提に、雇用主として最低限押さえておきたいポイントをいくつか挙げます。第一に、「伝えたつもり」をなくすことです。日本語だけのマニュアルを配布し、ビデオを一度見せて終わりではなく、母語や得意言語での補助教材、図解・写真・ピクトグラムを積極的に活用し、「見れば分かる」形にすることが重要です。また、説明後には、「ではあなたの言葉で説明してみてください」と内容を言い返してもらうことで、理解度を確認できます。

第二に、レベルに応じた配置と段階的な作業付与です。刃物や高温物、重量物、回転体など危険度の高い工程に、十分な教育もないまま新規の外国人職員を単独で入れることは避けるべきです。最初は比較的リスクの低い工程から始め、指導担当者が隣で見守る期間を設け、慣れに応じて業務範囲を徐々に広げるステップ設計が求められます。

第三に、現場リーダーへの教育を優先することです。安全担当者や総務がどれだけ丁寧な資料を作っても、日々の職場で指示を出す班長・リーダーが、「とにかく早くやって」「質問しないで」といったメッセージを出してしまえば、安全文化は根付きません。外国人職員の日本語レベルや文化背景を理解した上で、ゆっくり話す、難しい漢字を避ける、ジェスチャーやホワイトボードを使うなど、「伝え方」を教育することが不可欠です。

第四に、支援機関との役割分担を明確にすることです。技能実習や特定技能では、監理団体・登録支援機関も安全教育や生活指導を行いますが、「基本的な労働安全は受入れ企業の責任」という原則は揺らぎません。入国前・入国後にどのような内容を教えているか、企業側が資料を共有してもらい、その上で設備固有の危険や社内ルールについて自社で上乗せ教育を行うことが重要です。「団体がやっているはず」と思い込んだ結果、誰も教えていない領域が生じないようにする必要があります。

第五に、「声を上げやすいしくみ」を整えることです。通訳アプリやチャットツールを活用して、母語で相談できる窓口を用意する、月に一度、外国人職員だけのヒアリングの場を設けるなど、「危ないと思った」「この作業は自信がない」と率直に言える機会と雰囲気づくりが欠かせません。問題提起をした人を「面倒な人」と見なすのではなく、「職場の安全向上に貢献した人」として評価する姿勢が、長期的には事故防止につながります。

第六に、記録と振り返りを徹底することです。誰に、いつ、どの言語で、どの内容を教えたのかを記録し、ヒヤリ・ハットや軽微なけがが起きた際には、「本人の不注意」で終わらせず、「指示の出し方」「表示の分かりやすさ」「教育のタイミング」に問題がなかったかを検証します。外国人職員が関わる労災が発生した場合には、在留資格や日本語レベル、配属までの教育プロセスも含めて原因分析を行い、再発防止策を具体的に文書化することが求められます。

まとめ:安全教育は「コスト」ではなく「前提条件」

外国人職員の労災が増加しているという事実は、日本社会が「人手不足の穴埋め」として外国人を受け入れてきた一方で、安全教育やコミュニケーションへの投資を十分に行ってこなかったことの裏返しとも言えます。現場で働く一人ひとりにとっては、在留資格や国籍にかかわらず、けがをすれば生活が立ち行かなくなり、家族や母国の生活にも直結します。雇用主にとっても、重大災害は企業イメージや採用力を大きく傷つけ、外国人材の確保が難しくなる要因にもなります。リンク先の記事で報じられた数字は、「外国人だから危ない」のではなく、「外国人であるにもかかわらず、日本側の前提ややり方を変えずに現場に入れてきた」結果とも受け取るべきでしょう。安全教育はコスト削減のために削る項目ではなく、多様な人材が安心して働き続けるための最低限の前提条件です。今後、外国人材への依存がさらに高まることを考えれば、言語・文化・制度を踏まえた安全教育の再設計は、すべての雇用主にとって避けて通れない経営課題だと言えるのではないでしょうか。

Kenji Nishiyama

筆者:西山健二(行政書士 登録番号 20081126)

外国人の在留資格をサポートしてきた行政書士。事務所サイトでは、在留・入管に関する最新ニュースや実務のヒントを毎日発信中。外国人雇用にも詳しく、企業の顧問として現場のサポートも行っている。