[ブログ]「Migration Match Index」は日本でも使えるのか
2025-11-24
本稿では、Niskanen Center が提示した分析モデル「Migration Match Index(MMI)」が、日本の移民・外国人政策や地域政策にとってどの程度有効か、応用可能性や限界を考察します。モデルの詳細は、Cassandra Zimmer 氏による論考「Mapping America’s immigration needs: A county-level model for matching migrants to local economies」で示されており、そこでは米国の3,143郡を対象に、労働需要、住宅供給、生活コスト、人口構成など16の指標を組み合わせ、移民と地域経済のマッチング可能性を定量的に評価する枠組みが提案されています。
MMIモデルの基本的な発想
MMIは一言でいえば、「どの地域に移民が来れば、地域と移民の双方にとって最もメリットが大きいか」を示すためのマッピングツールです。ベースラインモデルでは、失業率が一定水準以下で求人が多いこと、空室率が高く住宅に余裕があること、家賃負担が過度でないこと、高齢化が進んでいることなどを条件とし、それらを満たす郡を抽出しています。その結果、全米のうち484郡が「移民受け入れに適した地域」として選ばれたとされています。このアプローチは、「どこに住みたいか」ではなく、「どこなら受け入れ余力とニーズがあるか」という観点から地図を描き直そうとする点に特徴があります。
日本のデータ環境との親和性
日本でも、市区町村別の人口動態、年齢構成、在留外国人数、有効求人倍率、産業別雇用などの統計は比較的整備されており、MMIのようなモデルを構築するためのデータ基盤は一定程度存在します。総務省統計局、法務省出入国在留管理庁、厚生労働省、自治体オープンデータなどを組み合わせれば、「人口減少が深刻で人手不足が顕在化しているが、住宅には余力がある地域」「既に外国人が一定数居住しており、多文化共生の経験値が蓄積している地域」などを、かなり精緻に抽出することが可能です。その意味では、MMIが前提とする「地域を数値化し、地理的なミスマッチを可視化する」という発想自体は、日本の状況にも十分適合し得ると言えます。
制度面から見た日本への適用可能性
とはいえ、日本の在留資格制度はアメリカのような移民受け入れ制度とは性格が異なり、MMIをそのまま「移民の送り先設計ツール」として用いることには制度的制約があります。米国では、難民・移民の再定住先をどの州・郡にするかという政策選択の余地が比較的大きい一方、日本では在留資格の付与は個別の活動内容・雇用契約に紐づいており、「この市町村に住む外国人枠を増やす」といった地域指定型の運用は限定的です。そのため、日本版MMIが現実的に果たし得る役割は、ビザ配分の直接ツールというより、「どの地域で外国人住民の受け入れが政策的に重要か」「地域側の支援資源をどこに重点配分すべきか」を示す政策インテリジェンスとしての機能だと考える方が妥当でしょう。
日本で重視すべき追加指標
MMIは主に、雇用、住宅、生活コスト、人口構成といったマクロ指標に基づいていますが、日本で応用する場合には、もう少し「定着支援」「生活基盤」に踏み込んだ指標を組み込む必要がありそうです。例えば、日本語教育資源(地域日本語教室の有無・数、ボランティア団体)、外国人児童生徒の受け入れ実績と学校の支援体制、多言語対応可能な医療機関の数、相談窓口や通訳ボランティアの配置状況、多文化共生推進プラン・条例の有無などは、生活しやすさに直結する要素です。また、過去のトラブル事例や入管法違反事案の有無も、「受け入れ側のガバナンス」の指標になり得ます。こうした要素を加味することで、日本版MMIは単なる「人手不足マップ」にとどまらず、「生活インフラと社会的受容性を含む定着ポテンシャル指数」としての性格を強めることができるでしょう。
地理スケールの違いとその調整
MMIは郡(county)レベルを単位としていますが、日本の場合、同じようなスケールをどう設定するかは一つの論点です。都道府県単位では粗すぎる一方、市区町村単位では生活圏が分断されすぎるケースも多く、実際には「通勤圏」「医療圏」「学校の通学圏」など複数の圏域が重なり合っています。したがって、日本版モデルを設計するなら、行政区画に必ずしも縛られず、通勤・通学・購買行動の実態に基づいた「機能的な地域単位」を設定することが重要になります。これは地理情報システム(GIS)やモバイル位置情報データなどを活用した、少し高度な分析を必要としますが、MMIの考え方を日本に移植するうえで避けて通れないステップです。
「社会的受容性」をどう扱うか
原論文でも触れられているように、モデルはあくまでデータに基づくテクニカルなツールであり、コミュニティの文化的寛容性や政治的雰囲気といった非定量的要因を完全に取り込むことはできません。日本でも同じ問題に直面します。統計上は高齢化が進み、空き家が多く、人手不足が深刻で「受け入れ余力」がありそうに見える自治体であっても、住民感情や過去の経験によって外国人受け入れに慎重な場合があります。逆に、既に外国人住民比率が高く、日常的に多言語が飛び交うような地域では、統計上の指標だけでは測れない「暗黙知」としての受容力が存在します。モデルを日本に応用する際には、こうした「目に見えない条件」をどう補完的に評価するかが大きな課題となるでしょう。
日本の政策議論に与えうるインパクト
それでもなお、MMI的な枠組みが日本の議論に与え得るインパクトは小さくありません。現在の日本では、「地方は人手不足で外国人が必要だ」「いや、もう十分だ」といった抽象的な議論が先行しがちですが、MMIのようなモデルを用いれば、「どの地域が、どの指標に照らして、どの程度受け入れ余地があるのか」を可視化できます。これは、国の政策立案者だけでなく、地方自治体が自らの立ち位置を客観的に把握し、「なぜ今、外国人住民の受け入れと共生政策に投資するのか」を住民に説明する際の重要なツールになり得ます。また、企業側にとっても、「どの地域で採用・定着が図りやすいか」を判断する材料として活用できるでしょう。
モデルへの過度な期待と付き合い方
一方で、どれだけ精緻なモデルを構築しても、「ここがスコア上位だから、移住・定住政策はこれで決まり」といった使い方は危険です。人の移動と定着は、統計モデルで説明できる部分と説明できない部分が混ざり合っており、家族・友人ネットワーク、宗教コミュニティ、本人のキャリア観、偶然の出会いなど、数値化しづらい要因が大きな役割を果たします。MMI的なモデルは、あくまで「議論の出発点」「政策の優先順位づけのためのレンズ」として位置づけ、現場の声や質的調査と組み合わせて使うことが不可欠です。
結論:日本版MMIは「作る価値あり」だが設計が鍵
総じて言えば、Niskanen Center の示す「Migration Match Index」の基本発想――移民・外国人と地域経済のニーズをデータに基づきマッチングしようとする考え方――は、日本にとっても十分に参考になるものです。ただし、そのまま輸入するのではなく、日本の在留資格制度、地方の人口・産業構造、多文化共生政策の現状を踏まえたカスタマイズが必須です。雇用・住宅・生活コストといったマクロ指標に加え、日本語教育、学校・医療、相談体制、地域住民の受容性といった定着支援インフラを組み込んだ「日本版MMI」を設計できれば、感情的な賛否に振り回されがちな外国人政策の議論を、一段階データドリブンなものへと引き上げることができるかもしれません。その意味で、この分析モデルは、我が国にとっても検討に値する「思考のツール」と言えるでしょう。
