[ブログ]「移住したい」ニーズと在留手続の現実――行政書士としての一貫した立場

2025-11-14

前回の記事の続編として、SNSを通じて日々寄せられるご相談と、在留手続の専門家としての基本的な考え方を整理します。

SNS経由のご相談が映し出す「とにかく日本へ」の潮流

最近特に多いご相談は、「日本で働きたいが、どんな方法があるか」「学校はまだ決めていないが、とにかく留学したい」「相手は決まっていないが、いずれ結婚して在留したい」といった、目的の枠組みは示されるものの、法的に必要な前提条件が欠けているケースです。背景には、国際移動が身近になったこと、SNSで断片的な体験談や広告が大量に流通すること、日本での生活イメージが先行しやすいことなどがあると感じます。

在留手続は「具体的事実」に基づく制度――抽象的な希望には応じられない

在留手続の大前提は、在留目的が具体化していることです。就労であれば雇用契約と職務内容、留学であれば入学許可と学費・生活費の裏付け、結婚であれば当事者の実体的関係と将来設計が求められます。「雇用契約はないが働きたい」「学校は未定だが留学したい」「相手は未定だが結婚したい」という段階では、法的審査に必要な要件が存在せず、行政書士としてはお受けすることができません。ここを曖昧にすると、不実の申請や不法就労につながりかねず、依頼者にとっても重大な不利益を招きます。

「移住したい」と在留制度のズレ

ご相談の多くは、純粋な生活上の希望としての「移住したい」に根差しています。けれども日本の法制度は、まず在留目的(学ぶ・働く・家族と暮らす等)を軸に一つひとつの在留資格を構成しており、「とにかく住みたい」という抽象的希望だけでは入管手続の入口に立てません。したがって、私はこうした段階のご相談に対しては、明確にお断りし、要件が整った時点で改めて法的サポートをご案内する、という方針を一貫してとっています。

「移民を受け入れていない」という立場の意味

私は、なんでもいいから日本に住んでみたいというニーズを無制限に歓迎する立場をとっていません。この姿勢は、制度の枠組みに忠実であろうとする実務家として当然の態度であり、結果として「日本は移民を受け入れていない」という立場と首尾一貫しています。制度上、在留は目的と要件に基づく審査の積み上げであり、入管が無限定の「移住」を認めているわけではありません。にもかかわらず、「制度上は移民を受け入れていないのに移民が増え、弊害が出ている」という批判は、制度理解と統計の読みを混同している面があり、少なくとも実務の肌感覚とは一致しません。

言葉の整理――ビザと在留資格、就労・留学・婚姻の要件

「ビザ(査証)」は入国時の可否判断に関する大使館・総領事館の証印であり、「在留資格」は入国後に日本でどの活動ができるかを定める法的地位です。就労は雇用契約や職務内容、報酬水準等が、留学は教育機関の適法性と学修・経費計画が、婚姻は真実性と共同生活の実体が、それぞれ立証の核心になります。どれか一つでも欠けたままでは、適正な申請設計が成立しません。

SNS時代のリスク――過度な勧誘・ブローカー化を拒む

SNSでの過度な成功談や、要件未充足の段階での「申請できます」的な勧誘は、申請者を危険にさらします。行政書士がすべきは、希望を煽ることではなく、実体に即した道筋を示すことです。私は、在留目的に応じた適法・適正な準備が整っていない相談は受任せず、虚偽・誇張に繋がる表現やブローカー的取次にも与しません。

それでも「できること」――希望を要件に変えるための伴走

抽象的な希望の段階では受任しませんが、具体化への手順を示すことはできます。就労であれば求人の性質や職務要件の理解、留学であれば志望校の適法性・学修計画・費用裏付け、婚姻であれば交際の実体・生活設計の確認など、「要件を整えるための準備リスト」を提示し、自己点検の視点を提供します。つまり、制度から逆算して希望を設計し直すお手伝いは可能です。

相談の鉄則――「目的→資格→証拠」

有効な相談の出発点は、(1)目的が具体化していること、(2)当該目的に対応する在留資格の理解、(3)その要件を満たす客観的資料の準備、の三点です。例えば就労なら内定・雇用条件・職務説明、留学なら合格通知・学費計画、婚姻なら交際経過・同居計画など、審査官にとって検証可能な事実を積み上げることが鍵になります。

「移住」議論を落ち着いて捉える

日本社会では「移民」「移住」という言葉がしばしば感情的に語られます。しかし実務の現場にあるのは、在留目的ごとの個別審査であり、抽象的な希望論ではありません。制度を無視した議論は、当事者の期待を過度に膨らませ、結果として失望や違法行為の温床になります。制度に即して一歩ずつ進める姿勢こそが、本人の安全と社会の秩序を同時に守る最善の道です。

まとめ――一貫性は依頼者の利益を守る

「とにかく日本に住みたい」という段階のご相談をお断りするのは、冷淡だからではありません。虚偽や無理筋の申請に巻き込まれれば、当事者が将来にわたり不利益を被るからです。私は、要件が整った時点で最短距離の申請設計を行い、過不足のない立証で正攻法の許可を目指す――この姿勢を今後も変えません。希望は大切です。しかし希望を現実に変えるのは、制度に根差した準備と、事実に裏付けられた申請だけです。