[ブログ]「共生」を“管理”にしないために——雇用主が今日からできること
2025-11-02
「多文化主義」が理念から“秩序のための管理装置”へと変わりつつある、という警鐘を投じる記事があります(《Australia’s fragile multicultural consensus under threat》)。このように、理念として掲げられた「社会的結束(social cohesion)」が、包摂(inclusion)ではなく統制(control)の手段として使われ続ける可能性があるという指摘は、私たちが日本国内で外国人材を受け入れ、支援する雇用主の立場においても決して対岸の火事ではありません。この記事では、特定技能などで外国人を雇用する皆さまに向けて、「共生」が“統制”に転じないようにするための視点と具体アクションを、やさしく整理してお届けします。
なぜ「共生」が「統制」に変わるのか
人手不足で受け入れを進めざるを得ない一方で、トラブル・モラルリスク・社会からのプレッシャー…といった懸念も増えています。こうした状況では、「違いを許容する」より「秩序を守る」ことが優先され、「ルールで縛る」「生活を管理する」という方向に流れがちです。遅刻・欠勤・寮の規律・SNS使用の制限・移動制約…など、どれも雇用上・支援上大切ですが、これらが「守らせる」ことに偏ると、外国人材は「現場の仲間」ではなく「管理される対象」となってしまう。まさに、包摂ではなく統制に近づく兆候です。
雇用主の目的は「管理」ではなく「戦力化と定着」
管理を強めたからといって必ずしも長期定着や生産性が上がるわけではありません。むしろ、当事者の納得感・参加感が高まるほど、離職率は下がり、現場の自律性も進みます。つまり、“統制を強化する”より“参加を設計する”ことが、実務としては合理的です。今日からでもできる具体的な仕組みづくりを、次に紹介します。
今日からできる5つの「共創」アクション
1. オリエンテーションを対話型に:就業規則や生活ルールの説明だけでなく、それぞれの出身国・前職でのやり方を聞いて、「あなた流にはどうしていましたか?」と問いかける時間を設ける。2. ルールに“目的”と“例外手順”をセット:例えば寮での消灯時間を定めるのであれば、その目的(翌日の安全確保など)をきちんと伝え、夜勤明けなど例外となるケースの申請方法・代替手段も一緒に設計。3. 二重の相談動線:直属の上司だけでなく、登録支援機関・多言語相談窓口など“第三者”窓口も設置し、月1回程度は現場で雑談ベースのヒアリングを実施。4. 外国人材の“現場委員”化:安全・品質・生活支援のミーティングに当事者1名以上を正式メンバーとして参加させ、議事録に発言者名と改善テーマ・期限を明記。5. 指導プロセスを“原因×対策”で再設計:注意・指導・念書、という流れではなく、「なぜ起きたか(言語・表示・道具・シフト・文化差)」を現場と共に分析し、環境を先に改善する仕組みに切り替える。
「特定技能」でありがちな誤解をほぐす
特定技能やそれに準ずる支援計画は“生活を管理するリスト”ではありません。むしろ、仕事・生活・学び(日本語や技能)のバランス設計図を、本人とともに作るものです。例えば、銀行口座開設や役所手続きに同行するのはスタート地点。そこから、「給与明細の読み方」「社会保険の仕組み」「税・年末調整」「医療をどう使うか」まで、本人が「自走」できるよう、段階目標を立てて視える化すると、管理から自立支援へとギアが変わります。
言語の壁は“仕様”で越える
多言語マニュアルの整備はもちろん重要ですが、さらに効果的なのは「仕様を見直す」こと。難しい日本語をただ噛み砕くだけでなく、ピクトグラム・写真・5秒動画・チェックリストで「読まなくてもわかる」仕組みをつくる。教育は「最初に一気に」ではなく、「作業直前に短く・現場で・反復で」。評価も筆記テストではなく、ペア指差し確認やロールプレイで即時フィードバックを行いましょう。
文化差を“事故”にしない三原則
① 違いを事前に話題化:宗教・食・祝祭・挨拶・時間感覚など、禁忌や配慮点を合意形成しておく。② NGではなく“代替案”を設計:匂いや音、服装、食の習慣で摩擦が起きそうなら、「禁止」ではなく「こうすればOK」という選択肢を示す。③ 第三者の“翻訳者”を活用:現場だけでは難しい時、人事部門や登録支援機関が文化・制度の前提を言語化・可視化し、双方の合意形成を支える役割を担います。
定着に効く“参加型評価”
評価面談は「上司の一方的な採点」ではなく、①「仕事でできるようになったこと」②「困っていること」③「現場改善のための提案」——の三本柱で双方向に進めるのが効果的です。提案が採用されたら、表彰や実施もしくは共有化することで、「あなたの知恵で職場が変わった」という体験を積ませ、統制ではなく自律を促せます。
トラブル対応を“ペナルティ設計”から“回復設計”へ
遅刻・欠勤・スマホ私物使用・寮内トラブル…こうした課題が起きたとき、まずは事実確認→本人の事情を聞く→環境要因を検討→合意的に再発防止策を設けるという流れを標準化。行動契約を本人と共同で作るなら、「罰」ではなく「回復と再スタート」の視点に傾けることで、信頼基盤はむしろ強化されます。
まとめ:共生は“一緒に回す仕組み”
管理を強めれば強めるほど、現場には疲れが出て離職が増えます。共生を“統制”にしない秘訣は、外国人材を「守らせる対象」から「ともに職場を回す仲間」へと位置づけることです。対話型オリエンテーション、目的と例外のあるルール、二重相談、当事者の委員化、原因×対策の指導、仕様として越える言語の壁、参加型評価、回復設計——この積み重ねが、最小の規則で最大の安定を生みます。今日から小さく始めましょう。共生は善意でも気配りでもなく“設計”です。設計が変われば、定着も生産性も、静かに伸びていきます。
